書評:「ライフスキルで人生を変える」
2009.06.21 Sunday 22:38

『ライフスキルで人生を変える』丸屋真也著

いのちのことば社 1,575円税込 四六判



 著者はカウンセリングの臨床家として、人が「順調であったとき、すでに、困難に発展するような問題の種が芽生え始めている」ことを感じるという。だから、もっと早く気づいて、その芽を早いうちに摘むことを勧める。本書はこの予防的な観点に立ち、人生を生き抜く力(人生力)をつけておくことを提唱する。


 そこで著者は、聖書に堅く立って具体的な助言を述べていくのであるが、観念的すぎることもなく、情緒的すぎることもない。実に冷静に実際的に論を展開していく。


 第1章、第2章では、成熟した心の状態を述べ、聖書的に、どうしたら成熟したスピリチャアルな心になれるのかを説いている。第3章、第4章では、家族関係を取り上げ、具体的なライフスキルを提唱している。第5章では、一般的な人間関係を、第6章、第7章では、人生の危機的場面での救急的なライフスキルを取り上げている。最終章では、人の発達段階に沿い、思春期、中年期、退職時期、老年期のそれぞれの問題を扱っている。


 本書の魅力は、第1に、予防的な手当てを行う意図があることにも関連して、人生の問題が実に網羅的に扱われていることである。どの年代、どのような必要に対しても、必ず具体的なヒントが得られるように構成されている。


 
第2に、本書の本質は信仰に根ざした臨床心理学の書であると思うのだが、各記述の人間理解の背後にある聖書の考え方を、絶えず御言葉とともに押さえていく姿勢で貫かれている。知らず知らずのうちに、聖書や教理を紋切り的にとらえ、硬直させてしまいがちな私たちに、別の角度から新たな言葉で信仰を引き出してくれるであろう。


 第3に、信仰の有無にかかわらず内容に伝達力と説得力がある。たとえば未信者の知人や家族、求道中の方々などに、本書を贈るなどして、聖書の示す深い世界観、人間観を間接的に伝え、広い意味での伝道に用いることもできるように思う。

(クリスチャン新聞2009年6月21日号掲載)

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記事「牧師の性的逸脱不祥事のいくつかのパターン」
2009.02.10 Tuesday 20:47
  私は心理臨床家として、ときに牧師の性的逸脱について関わることがある。守秘義務もあり、個々の具体事例をあげることはできないが、全体としてみるといくつかのパターンがあるように思える。


 第一のパターンは、中年期以降に一過性に現れるものである。


 牧師の仕事は、一般に過酷であり、中年期にもなると、仕事においても、家庭においても、中年期(人によっては初老期)の危機と言われる変調が加わる。そのようななかで、ひたすら頑張って乗り越えようとすると息切れが生じる。そうした際に、自分の本質的な弱さを認められずに払拭しよう(強い自分、寂しくない自分を味わおう)とするといろいろなやりくりが始まる。その深刻で代表的なパターンのひとつが性的領域への暴走である。


 このようなパターンの場合、多くは発覚後、自らの非を認め、悔い改め、辞職する。被害者は特定の人物であり、他に拡大することはない。面接者として感じることは、彼らの多くは有能な人材であり、困難な状況にあまりに無防備に孤独な戦いを挑み続けさせてしまったとの印象である。


 私たちキリスト教界は、牧師に孤軍奮闘させながら、一過的に逸脱したときに、どのようにケアし、どのように復帰させるかのシステムを持っていない。また復帰させない場合にはどのような要件によるのかも(例:性的交渉を持った場合は牧師復帰はない等)決まっていない。厳格な処分と同時に予防教育も、ケアも、復帰システムの構築も不可欠なものであると思う。


 
第二のパターンは、むしろ献身者人生の早期から逸脱に向けた準備性があり、一過性とは言えない現れ方をする。


 彼らは、自分の生き方を展開するなかで、熱心さ、強引さが奏功し、業績をあげるし、支持者も作る。しかし、そこでは自分のいわば王国を作るために、宗教を利用していると評されても仕方がない混ぜ物もかなり含まれている。その一部として異性に対する不祥事が生じ、拡大、反復しやすい。暴走の幅も大きく、裁判沙汰になることもあって、世間の耳目を集める。発覚後も真の悔い改めには至らないことが多い。


 第三のパターンは、本質的には第二のパターンに近いのだが、決定的な違いは、王国を作るだけの才覚や意欲がなく、暴走の仕方も小心であり、抑制的であることだ。くすぶり続けるといった感じである。


 これら第二、第三のパターンの場合、事実確認の上、そこに立って、厳格な処分や警告がなされるべきであるし、そうした介入を周囲がしないと、本人自身ではブレーキがかけられない。また、被害者へのケアをはじめ、関係者へのケアも非常に大切なことになる。


  そして、伝道者養成システムのなかで、神学生や初任牧師時代に、いかに彼らを細やかに取り扱い、きちんと方向付けていくのかも問われているのだと思う。


 クリスチャン新聞オピニオン欄(2009年2月22日号)
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オピニオン「指導者の使命感と共感性」
2008.04.22 Tuesday 22:29
 ブログ記事「アエラ最新号「牧師の性犯罪」記事を読んで」(08年4月10日)を、おおむねそのまま、クリスチャン新聞オピニオン欄に載せてもらった。ちょうど年2度の原稿依頼が来たので・・・。
 雑誌「AERA」2008年4月14日号(朝日新聞社)に「牧師の性犯罪」についての記事が載った。心痛む事件である。本来なら、まず霊的、神学的な側面からの分析・洞察を行うべきところであるが、ここは筆者の役割上、心理カウンセラーの立場から、事件の全体像の理解というのではなく、一つのトピックスについて書き留めておこうと思う。
 工具
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記事:「ブログという道具の力」
2007.08.12 Sunday 15:02
ブログという道具の力
(掲載:クリスチャン新聞オピニオン欄)

 私は、一日の仕事の終わりに、自分のブログを必ず見る。ブログとは、インターネット上に設置された個人の日記帳のようなものである。私のブログは、その日の雑感を書き、その日に書いた原稿を納めるようにしている。ちょうど、心理学とキリスト教カウンセリングの図書室といったおもむきになっている。
 さらに寝る前には、今度は、他の方が書いたブログで、気に入っているものを、ちょうどテレビの連続ドラマを見るかのごとくに、楽しみにして読んでいる。
 たとえば、パスワード
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牧師転落死事件から学べること(番外編)
2007.07.03 Tuesday 22:41
 クリスチャン新聞に4回の短期連載をさせていただいた。
 今年の1〜2月、M氏の様々な関係者の方々にインタビューをさせていただいた。兄弟団のご協力も頂戴した。
 私の研究室までわざわざ来て頂いた方。喫茶店でお話を聞かせて頂いた方。肩が痛くなるほどの長電話をさせて頂いた方。堅い石の上にお尻が痛くなるまで共に座りながら語り合った方。また、メールでやりとりさせて頂いた方。
 M氏の熱烈ファンの方。亡くなるけっこう直前まで傍にいた方。M氏への不満と非難をお持ちの方。神学生時代に親しく交わりをお持ちだった方。副牧師時代をご存じの方。
 本当にありがとうございました。
花
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牧師転落死事件から学べること(4)
2007.07.03 Tuesday 22:01
クスチャン新聞4回連載「牧師転落死事件から学べること」の最終回。

【事件後の今必要なことは】

6.霊的解決と心理的援助
 M氏は、かつて青年時代にシンナーに耽溺する際、悪魔に暴れられる恐怖感を持っていたという。また、最近になって、サタンの攻撃の恐怖感を強調していたことや、被害女性に「悪霊」を感じ追い出さなければならないと考えていたことなどを考え合わせると、自分の内なる処理できない罪意識や圧迫感を薬理作用の中で、外に投影していたものと考えることが可能である。花
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牧師転落死事件から学べること(3)
2007.06.22 Friday 14:12
クスチャン新聞4回連載「牧師転落死事件から学べること」の第3回。

【献身者の孤独に配慮を】

3.人生後半戦に起きること
 人生の後半戦に入ると、誰もが「死と老化」をつきつけられ、質的な大転換を迫られる。自分の生き方を変えていくことが問われるのである。ちょうど、剛速球投手がベテランになるに従い、巧みな変化球投手に移行するかのごとくである。それができないと、人生の後半戦で失速したり、脱線したりすることになる。花
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牧師転落死事件から学べること(2)
2007.06.18 Monday 19:02
クリスチャン新聞4回連載「牧師転落死事件から学べること」の第2回。

2.「型破り」と居直りの諸相

M氏は、伝道者として身を粉にして働いていた。新しいスタイルの伝道イベントや独自の活動に積極的に関わり、そればかりでなく、その方法、言葉遣い、服装、その他の個性も加わり、「型破り」牧師と評価されていた。
 本来「型破り」指導者の真価とは、「型」から外れるように見えるが、実は純粋に本質的なものを求め、極めようとすることである。そして、世俗的な妥協をせず、旧弊を打破するため、真の改革者になり得る場合がある。赤りんご
 
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牧師転落死事件から学べること(1)
2007.06.12 Tuesday 12:13
今週(6月17日号)から、クリスチャン新聞4回連載「牧師転落死事件から学べること」がはじまる。
第1回記事をここに掲載する。(第1回は、特にこのブログですでに書いてきたものと重複するのですが)


昨年、牧師が転落死亡した事件があった。その後、殺人および覚醒剤取締法違反事件として立件された。特殊な事件ではあるとが、そこには我々への教訓も含まれている。本稿では数回にわたり、心理カウンセラーの立場からこの事件を振り返り、何が起き、何が問題となったのかを考察したい。
1.回復者の恵みと落とし穴
 当該牧師(以下、M氏)は、十代のころシンナーへの耽溺がひどく、それがキリスト教入信のきっかけになったという。そして伝道者としての華々しい活動を経て、50代の昨年、覚醒剤乱用の果てに悲惨な結末を迎えた。私は、彼が神に取り扱われ、その賜物を活かしながら、ユニークな働きを続けてきたことを思う。しかし、最後の最後で大きな罪を犯し、凄惨な落とし穴に陥ったことも厳粛な事実である。花
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記事:「映画「スターウォーズ」シリーズ完結に思う」
2006.12.25 Monday 18:51
映画「スターウォーズ」シリーズ完結に思う
(掲載:クリスチャン新聞オピニオン欄)

 映画「スターウォーズ」エピソード3が日本でも公開された。これでシリーズ六部作すべてが出そろい、壮大な叙事詩が完成した。実は、時間軸でいうと、より後半の物語(エピソード4から6)が最初に映画化され、その上で今度は前半の物語(エピソード1から3)が映画化されている。主人公アナキン(後のダースべーダー)が、後半3部作では、悪の権化として登場してくるが、前半3部作では、その反対に、正義の主人公として幼い頃からの成長物語が描かれている。前半シリーズの最終作である今回のエピソード3は、その正義の味方から悪の権化へと転落していく道筋が明かされる。そのためシリーズ全体のつながりを謎解きのように見せてくれるおもしろさがあるし、なによりも、悪に転落していく主人公アナキンの生き方を鮮明に印象づけてくれる。

アナキンの転落劇は、彼が愛する妻を失うことを予知夢を見て知り、苦しむところから始まる。そしてその妻を死から救い出す力を手に入れるため、いわば悪魔と契約を結ぼうとし、物語では「暗黒面」と呼ばれる悪の世界に身を落とすのであった。このあたりの事情をさして「正義よりも愛を選んだ」と評する人がいたが、それは違う。本当の理由は、私から見ると、アナキンの喪失の悲しみの未処理にあると思われてならないのである。

 実は、アナキンが大切な人を失う夢をみるのは二度目だった。かつて母親の予知夢を見、それが実現してしまった経験が彼にはある。女手ひとつで自分を育ててくれた最愛の母を失った喪失感はあまりに大きかったにもかかわらず、その悲しみに十分な時間をかけることはできなかった。目の前に迫った戦いへ正義の騎士として突き進んでいったのであった。いわば自分の使命を優先させるために、大切な人の死を後回しにしてきたのであった。だから傷口の癒えない悲嘆は心の奥底でくすぶり続け、新たに妻の死の予知夢をみたときに、これまでの悲嘆に重ね合わせて大きな動揺が広がったのである。

 加えてアナキンは、戦いのために、いろいろなものを捨ててきている。幼い頃に故郷を失い、訓練のなかで年相応の友情や遊びも取り上げられ、戦いの中では戦士仲間を次々と失い、また自分の身体の右腕までも失っている。これらも大きな喪失体験である。

 ひるがえって、現代社会にあって、霊の戦いに挑み続ける熱心な信仰者、とりわけ伝道者は、そしてそのご家族は、使命を優先するという一事に、喪失の悲しみを扱うことに鈍感になりすぎることはないだろうか。未だ放置している未解決な喪失の悲しみはないであろうか。この夏、映画スターウォーズを観て、使命に生きる人の喪失処理の大切さを今一度思わされたのである。
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藤掛 明
雨の心理的イメージを鍵に、雨の降る物語を読み解く。カウンセリング論であり、人生論でもある。
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