伝わる事柄
2015.12.28 Monday 09:00
いくつかの雑言(20回、最終回)

わたしなりに授業のやり方についての美学があるのだが、体調を整えられず、それを守るのも厳しくなった。
そんなおり、ある科目である受講学生が、こんな感想を述べてくれた。

 自分はクリスチャンで、これまで心理学を信仰と相容れないものとして距離をとっていた。しかし、クリスチャンの先生が心理学を教えていて、これからは心理学を勉強していいんだと思った。
…といったような内容だった。

 言葉で、何を伝え、教えたかというのとは別に、ただ登壇したことだけで、伝わる事柄もあるんだなと新鮮に思った。そしてありがたく、勇気づけられた。

* 寸言シリーズは、ときおり、名称を変えながら連載しています。内容は本ブログの過去記事からの引用です。
今回は、主に2014年のブログ記事から引用しました。

100の寸言
101の独言
102の妄言
少し長めの寸言104
いくつかの雑言(20)
計 427


 
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職業生活を振り返って(2)
2015.12.28 Monday 08:43
いくつかの雑言(19)

★1年前に、教会の機関誌に書いた原稿をブログに掲載。与えられたお題は「職業生活をふりかえって」。今回は2回にわけて再掲載。その2回目。

(2)
人生の後半戦を進むなか、病気とのつきあいも避けて通れませんでした。50歳(2009年)のとき、悪性リンパ腫の告知を受け、その年の後半は、抗がん剤治療で休養中心の生活となり、多くの講演やカウンセリング予約のキャンセルする経験をしました。また、短期計画で生きるのか、長期計画で生きるのか、また病人として生きるのか、健康な人として生きるのか、問われました。しかし、それらは選択するのでなく、どちらも同時に尊重していくべきものであることを学びました。幸いなことに翌年完全緩解となり、職業生活も完全復帰しました。

ただ、ここ数年は、執拗な咳に悩まされ、2014年に入ってからは職業生活に支障がでかねないような、多彩な症状に苦しんでいます。2014年の年末には、筋肉がスムーズに動かなくなる進行性の難病の診断を受け、ようやく服薬が始まりました。56歳の私に神様が何を拾い直させ、どんな人生の風景を用意しているのか、考えながら緊張し、焦燥しているところです。お祈りいただけましたら幸いです。

付け足し:原記事は2014年12月初旬に書いたもので、「かなり悪い病名」の疑いのもと、検査を受けていたときに書いたものでした。引用掲載にあたり、12月末の時点の情報で書き換えています。
 
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職業生活を振り返って(1)
2015.12.22 Tuesday 10:08
いくつかの雑言(18)

★1年前に、教会の機関誌に書いた原稿をブログに掲載。与えられたお題は「職業生活をふりかえって」。今回は2回にわけて再掲載。
(1)

私の職業生活をふりかえって思うことは、第一に、ずいぶんと走り続けたなあということです。それは良い意味でも、悪い意味でもです。家族にも迷惑をかけ、いろいろと協力してもらいました。第二に、絶えずどちらの道に進むか、二択の問いかけに直面し続けたように思います。毎回、解決が与えられるというより、思い悩んだ結果、状況はあまり変わらないのに、見える人生の風景が変わっていくような経験をしました。

二択の問いかけは、大学受験のときから始まりました。当時、進むべきコースとして日本文学か教育学かで悩みました。教会の皆さまにも熱心に祈っていただきました。結果的に教育(教員養成)の学びに進みましたが、数年後今度は、職業選択で、小学校教諭か、心理カウンセラーかで悩みました。大学で学ぶ中で、心理カウンセラーの働きに魅せられるようになったからです。

その結果、心理カウンセラーを目指し、法務省の矯正施設に就職することができました。ただ二択の問いかけは続き、採用の窓口が教育職であったため、その流れに乗って広い意味でこどもたちと関わっていくのか、そうではなくてあえて狭い意味での心理カウンセラーの職にこだわっていくのか、4年くらいはのたうちまわって悩みました。そして、思いもしない方法で心理職への道が開かれました。法務省時代は21年でしたが、2年ペースで全国転勤をし、また仕事も多忙で、文字通り24時間、365日働き続けた気がします。

法務省での心理職の時代も二択のテーマは続きました。とくに、研究者として力を付けるのか、臨床家・実践家としての力を付けるのかは大きなテーマとなりました。当時は後者を選び、毎週土曜日は家族療法の研修トレーニングを受ける生活を数年続けました。

その後、このまま組織の中で働き続けるのか、もう少し個人色を出して働くのか。また、心理臨床で身に付けた技能を一般社会に還元するのか、キリスト教界に還元するのか。そうした問いかけに悩みつつ、43歳でいまのキリスト教主義の私立大学へと転職しました。教育や研究とは逆の選択肢を選んできたはずなのに、皮肉なことに大学の教員となりました。またキリスト教界向けの諸活動も始まりました。人生を俯瞰してみると、いろいろな時期に捨てたものが拾い直され、統合されることを経験しました。



 
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新しい手帳
2015.12.21 Monday 10:53
いくつかの雑言(17)

新しい一年が新しい生き方を必要としているように、新しい手帳もまた新しい使い方を求めている。
ユニークな一年、ユニークな手帳にしたいものだ。
  


 
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ひらめき
2015.12.20 Sunday 10:28
いくつかの雑言(16)

ひらめく人はたくさんいる。
しかし、ひらめきで自分の活路を開く人と、混乱で終わる人とに大きく別れる。
それは、間をとれるかどうか、第二の波を待てるかどうか、にかかっている。

いったん間をとることで、理性が働くこともあるだろうが、
それ以上に、もっと心の深いところで、発酵熟成するようなことが起きている気がする。
 
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怒りの出し方2
2015.12.19 Saturday 10:59
いくつかの雑言(15)

「キャリー」と ときを同じくして、「アナと雪の女王」(2013、アメリカ)も封切られた。
アニメの中のヒロインは、「キャリー」と違って、炎を呼ばない。むしろ凍らせてしまう。
その表現は対照的だが、怒りと攻撃性の表現は共通している。
まさに「ありのままの」自分を、周囲を凍らせることなく、また破壊することなく、しかし我慢するのでなく、
いかに表現すべきかを問うた作品である

そうこうしているうちに、「GODZILLA ゴジラ」(2014年)がアメリカで再度のリメイク版で登場してきた。
ゴジラの破壊力もまた、人類の怒りや攻撃性の発露を示していると思う。
 
人間関係の難しさ、社会の悪と閉塞感。
こうしたことがますますやっかいになっている現状では、
当分は、周囲を一瞬のうちに燃やし、凍らせ、壊すような、破壊物の映画作品がいくつも登場してくるにちがいない。
 
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怒りの出し方
2015.12.19 Saturday 10:55
いくつかの雑言(14)

1976年、アメリカのホラー映画の名作に「キャリー」がある。
 女子高校生のヒロインが、いじめにあい、最後の場面で、そのいじめに耐えかねて、
 (それと母親からの悪意ある対応にも耐えかねて)
 秘めた超能力が制御不能に暴走し、学校や自宅を破壊してしまうという物語だ。

 内なる怒りや攻撃性の感情をいかにおさえ、いかに出すか、というテーマを比喩的に扱っていると、私はとらえている。

その「キャリー」が、2013年、アメリカでリメイクが作られた。
 世界が、怒りや攻撃性の出し方について、考えることを突きつけられているかのようだ。

 
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見えない被害
2015.12.19 Saturday 10:48
いくつかの雑言(13)

森本毅郎氏が、自分のラジオ番組で、敗戦直後の思い出を短く語った。
 兵隊に取られていた上のお兄さんが、戦地に行く前に戦争が終わり、帰還。
しかし、精神的に荒れ、その兄を気遣って家族中がぎすぎすして、つらかった。
こども心に、なんとかしてくれと思った、ということだった。

 戦争で、死の恐怖などの極限状態を味わうことで、精神的にまいってしまうことは古くから報告されいる。
 戦地の死者数よりも、戦地からの帰国後に自死する人の数のほうが多いという。
 「戦争神経症」などという言葉が登場したこともある。今なら「PTSD」になるだろう。

 見えない被害は、見えないだけに、深刻で、恐ろしい。



 
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締切間際
2015.12.18 Friday 09:14
いくつかの雑言(12)

原稿などの締切間際の集中力は尋常ではない。
降りてくる、と表現する人もいる。
人には自由と同時に、枠組みが必要だと考えることもできる。

いま、ある方の、遺稿を目にする機会を与えられている。
独特の神々しい集中力だ。
死も、人生という作品の締切と考えることができるのかもしれない

*注。「いくつかの雑言」シリーズは本ブログの過去記事を引用するものですので、
「いま」は、いまではありません。

 
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自己啓発本からの卒業
2015.12.15 Tuesday 19:40
いくつかの雑言(11)

大塚寿郎先生(上智大学)の書かれた書評(「あなたがずっと求めていた人生」)はおもしろかった。冒頭の部分をそのまま引用する。

 「出版部数を競う、自己向上をネタにした本の広告を目にする。なるほど、その手の本が本屋の棚を賑わせている。実際どれほど売れるかはともかく、変身願望を持っている人は少なくないようだ。
これは不思議なことではない。罪に生まれた私たちは誰でも、神が意図された生き方をしていないことにうすうす感づいているからだ。人はどこか自分に失望し、本当の自分はこうではないという思いを持っている。問題は、解決を的外れなところに求めていることだ。」

 私も新幹線にのるときなど、駅内書店で、自己啓発本を好んで購入する。たいていは、平凡すぎたり、はたまた奇をてらいすぎていたり、期待はずれの結果に終わるのだが。

 大塚先生の書評を読み始めながら、しみじみ思った。
…自己啓発本を読むことから卒業しよう

(どうせなら自己啓発本を書くか…)
 
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藤掛 明
雨の心理的イメージを鍵に、雨の降る物語を読み解く。カウンセリング論であり、人生論でもある。
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