講演録「牧師のストレスとセクハラ問題」(2)
2008.04.12 Saturday 22:14
■牧師のストレスの特殊性
まずはじめに、カウンセラーからみた牧師のストレスの特殊性についてお話ししたいと思います。私自身は牧師先生の生活についてあまり知らないほうだと思いますので、あくまでもカウンセラーの立ち位置から見える特殊性ということになります。
遊園地
牧師ほど人間関係を扱う複雑なことをしている集団なのに、何も訓練を受けないで出て行く、各自勝手にがんばってくださいという形で現場に送られるというのは、すごいことだと思いますね。私は、よく映画で、主人公のスーパースターの男性が、たとえばシュワちゃんならシュワちゃんがですね、戦闘地に乗り込んで行って、素手で敵軍の軍用ヘリコプターと戦って勝っちゃう。まさに牧師先生はそういうことをしているんですね。せめて手榴弾とか、機関銃とかあればいいなと思うんだけれども、実際は丸腰で戦っているのではないでしょうか。

■人間関係援助職としてのストレス
カウンセラーの立場から言いますと、牧師のストレスの特殊性として一番目に付くのは、人間関係援助職としてのストレスです。
これは、牧師がとことんまで人に関わる。それも深く、魂の世界に、生死の世界に、関わっていく。それもありとあらゆる人に対処していくわけです。これはすごいことです。たとえばカウンセラーでもいろいろな人とお会いし、深刻な相談にあずかります。しかし、そこにはやっぱり方向性があるんですね。Aカウンセラーはベテランで仕事量は多いかもしれないけれど、活動を見れば、おおむね子育てのお母さんの相談にのっているとかですね、方向性があるわけです。その点、牧師先生には方向性がありません。複雑で多彩な問題に、それも自分の引き出しにないような問題に対応していかねばならないのです。これは普通の人間援助職にはない特徴だと思うんですね。
さらに、世間で相手にされなくなったような人たちをも受け止めるのも牧師のすごいところです。細分化され、契約化された社会の相談システムに乗らないような、そしてそれは多くの場合、かなり困った相談なのですが、そうした相談を受けていく。それも夜、遅くだったり、突然の飛び込みだったり、頭が下がるような熱心な対応をしていく。
カウンセラーから見ると、ありとあらゆる人たちに、それもありとあらゆるときに、対応させられている人間援助専門家だなと思います。そして、さきほども言いましたように、丸腰の戦いをしなければいけないということで、大変なストレスだろうなと思っています。

■管理職としてのストレス 
二つ目は管理職としてのストレスがあると思います。たとえば若い牧師先生が任地に赴きまして、基本的には組織のトップとしての多種多様な責任をすぐに負うことになると思いますが、私は法務省に21年間勤めましたけれども、そのポストの重み、裁量権の大きさに応じて、組織の下のほうから、経験を積み、組織を学びながら、段階的に、より上の責任のあるポストに上がっていくわけですよね。一般の企業で係長だったり、課長だったり、部長だったりになるということは、その都度相当フル回転で管理業務のテクニックやさじ加減を学んでいくのですね。それをクリアして、次のポストに行くというのがあるので、もし、私自身が、就職して5,6年で、私が最後にいた管理ポストについたとすれば、3日くらいでパニックになってしまうと思います。管理者としての段階的な役割の変化は、かなり教育的な役割があると思うのですが、それが牧師社会にはないわけですよね。これもものすごいことです。
また、同じことですが、普通、組織では上司がいるわけですね。上司がいると自己コントロール、自己訓練が出来ますし、結果的には様々な管理業務のノウハウを継承する機会にもなります。
このように、そういったものがないまま、ひとりで管理責任者として教会を運営していくというのは、すごいことだなという感じがします。
| ふじかけ | 牧師のストレスとセクハラ問題 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |
スポンサーサイト
2020.09.15 Tuesday 22:14
| スポンサードリンク | - | - | - | pookmark |
Comment
2008/04/18 12:05 PM posted by: ふじかけ
くぼきさん

コメントありがとうございます。

「こういう困難やギャップを乗り越えるところに信仰の醍醐味があり、その恵みもたくさん経験してきました」

まさにそのとおりだと私も感じます。

私のこの講演は、あくまで心理的な側面から、現象の一側面を明らかにしようとしたものですので、
牧師先生から、この講演の扱っていない(そしてかなり重要で本質的な側面である)霊的、信仰的なことがらを補っていただけると大変、ありがたいと思います。

2008/04/14 6:49 AM posted by: くぼき
わたしは牧師ですが、シュワちゃんの例えを読みながら、わたし自身、神学生時代に牧師になるということは、実車教習がほとんどない中で、筆記試験のみで運転免許証が与えられるようなそんな印象を持ったことを思い出しました。
今は新卒の牧師の赴任先の教会は高齢化している教会のケースが多く、自分の親や祖父母のような人を相手にリーダーシップを発揮しないといけないというのは、ストレスといえばストレスだと思います。
こういう困難やギャップを乗り越えるところに信仰の醍醐味があり、その恵みもたくさん体験してきましたが、だからといって放置してはならない問題なのだと思います。
前回の書き込みへのレスをありがとうございます。
続きの掲載を楽しみにしています。
2008/04/14 12:48 AM posted by: ふじかけ
希少価値。
なるほど、そうかもしれません。

でも安心してください。

私の弟、妹たちの勢力。
熱心な、30代のクリスチャン臨床心理士が
信じられないほど大勢います。

あと15年もすると、そうした人材の一部が、
たとえば、臨床心理主事とかいって、
教会専任のスタッフになっているかも??



2008/04/13 5:18 PM posted by: 花鳥風月
期間限定の
重みを 感じます★

牧師先生を尊敬しつつ、
客観性を持って 分析する☆

こういった方も、
かなり
希少価値です☆

教職の友人たちに、
このブログを 今後
紹介したいとも
思います♪
良いですね?!♪


name:
email:
url:
comments:
Trackback
トラックバック機能は終了しました。
Search
Profile
Recommend
Recommend
Recommend
Recommend
Recommend
雨降りの心理学 雨が心を動かすとき
雨降りの心理学 雨が心を動かすとき (JUGEMレビュー »)
藤掛 明
雨の心理的イメージを鍵に、雨の降る物語を読み解く。カウンセリング論であり、人生論でもある。
Category
Archive
Latest Entry
Recent Comment
Recent Trackback
Links
Admin
Calendar
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< September 2020 >>
記事分析
アート情報
Sponsored links
Mobile
qrcode
無料ブログ作成サービス JUGEM