1章6話「暴走・脱線も本人からすれば打開策」
2009.01.05 Monday 18:31

 1章6話「暴走・脱線も本人からすれば打開策」

 そもそも、背伸び・強行突破の果てに、人はどのような方向に破綻していくのだろうか。背伸びと息切れの悪循環が深まるたびに、どんどん高い目標を持ち出すというが、その目標はどのような性質のものを設定しようとするのだろうか。

 そこには、本当の目標にはとても到達せず、それに代わる幻想的で部分的な成功に目を向け、とありあえずの充実感や達成感を味わっている姿があるのだ。

 たとえば、中学生が、勉強や運動や特技などで承認を得、受容を味わうことが本来の目標だとすると、それらを実現することがむずかしく、しかもその現実を認めずに、目立ちたいと思えば、悪の世界で目立つことに活路を求めることになる。これが非行化である。非行や物騒な攻撃的行動は、どれもこれも背伸び・やせ我慢の末に、惨めで無力な自分を認めまいとして、必死に自己拡大感を味わおうとしている姿なのである。無力感を払拭するのに、直接、人を支配したり、人を威圧するような行動をとることは、幻想的ではあっても当人には「強い自分」を味わう格好の機会になっているのである。

 また、うら若い女性が、特定の異性と恋愛関係を持つにあたって、互いに長所も短所も、また価値観や生活スタイルの違いも理解し補い合いながら交流を深めていくことが本来の目標だとすると、それらがむずかしく、一時たりとも孤独でいることが受け入れられないと思えば、絶えずとぎれなく誰かと恋愛関係にいることを求め、実は「だれでも」良いような一時的活路を求めることになる。これが恋愛依存である。現実の孤独感や疎外感を直視せずにすむように、時に性を媒介としながら、受容感をあさるのである。これは人とのせつな的で表層的なかかわりしか持てないが「寂しくない自分」を確認する格好の機会になっているのである。

 そして無力感の払拭にしろ、孤独感の鈍磨にしろ、動き回る彼ら、彼女らにとっては、一見、周囲からひんしゅくをかうような行為ではあっても、本人からするとどれも必死な適応に向けての打開策であるのだ。

 聖書で、モーセという大宗教指導者が出てくる。エジプトで奴隷となっていたユダヤ民族を最終的には導きだした英雄である。しかし、彼はまだ若い時に、自分の民族を守るために殺人を犯している。確かに彼の民族の独立を思う気持ちは尊い。しかし、この時の殺人は、その動機が混ぜ物だらけだであったと思う。よくよく考えてみると、まだこの時には本当に遠大な構想や計画があったわけではない。自分の「お国再興」のテーマがまったく展開できず、いらだち、いわば八つ当たり的な暴発として行ったものであった。いわば救国の思いを幻想的に味わった瞬間であったのである。

  私たちの素朴な信仰生活でもこうしたことと無縁ではない。
 信仰者としてのひとつひとつの行為も、一見正しい動機を伴っていても、有能な自分、弱くない自分、寂しくない自分、正しい自分を味わうとして躍起となっている自分の姿があるのかもしれないのである。


 

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2020.09.15 Tuesday 18:31
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Comment
2009/01/06 7:03 PM posted by: ふじかけ
のばらさん

ご夫妻でお読み頂いているとのこと、
ありがとうございます。

>正しくない自分を(自分さえ認めたくないのだから)誰も認めてくれないだろう、という怖れが根底にあるように思います。

そうですよね。
頑張らないと、見捨てられてしまうような不安があるのだと思います。

まだまだ連載は続きますので、よろしくご覧ください。(またもしできましたらコメントもお願いします)
2009/01/06 12:18 PM posted by: のばら
>正しい自分を味わうとして躍起になっている自分の姿があるのかもしれないのである

 この部分にドキリとしました。クリスチャンである自分にも、周りの人にも頻繁に見られることだからです。

 なぜ躍起になるか・・・?

 正しくない自分を(自分さえ認めたくないのだから)誰も認めてくれないだろう、という怖れが根底にあるように思います。

 クリスチャンでありながら、そんな「正しくない自分」のために死んでくださった「主イエス様の愛」を信じられなくなっている状態に陥ることが(結構よく)あるのだ、ということ。
 そのため、日々、主イエス様の愛と赦しを受け取る事が大事であることを、教えられました。

 いつも、楽しみに先生のブログを読ませていただいているクリスチャンです。夫婦で教役者でもありますので、共に学び合うきっかけを得る場としてもありがたく読ませていただいています。

 特に問題行動の根底にある心理的な背景について多くの示唆を与えられ、いわゆる「信仰の問題」だけで片づけられない、人間関係のこじれや問題行動にでる人々を理解するのに大変助けられています。ありがとうございます。

 だいぶ前に、一度コメントさせていただいたことがあったのですが、その時のNAMEをわすれてしまいましたので、新しいNAMEで送らせていただきます。
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