記事「牧師の性的逸脱不祥事のいくつかのパターン」
2009.02.10 Tuesday 20:47
  私は心理臨床家として、ときに牧師の性的逸脱について関わることがある。守秘義務もあり、個々の具体事例をあげることはできないが、全体としてみるといくつかのパターンがあるように思える。


 第一のパターンは、中年期以降に一過性に現れるものである。


 牧師の仕事は、一般に過酷であり、中年期にもなると、仕事においても、家庭においても、中年期(人によっては初老期)の危機と言われる変調が加わる。そのようななかで、ひたすら頑張って乗り越えようとすると息切れが生じる。そうした際に、自分の本質的な弱さを認められずに払拭しよう(強い自分、寂しくない自分を味わおう)とするといろいろなやりくりが始まる。その深刻で代表的なパターンのひとつが性的領域への暴走である。


 このようなパターンの場合、多くは発覚後、自らの非を認め、悔い改め、辞職する。被害者は特定の人物であり、他に拡大することはない。面接者として感じることは、彼らの多くは有能な人材であり、困難な状況にあまりに無防備に孤独な戦いを挑み続けさせてしまったとの印象である。


 私たちキリスト教界は、牧師に孤軍奮闘させながら、一過的に逸脱したときに、どのようにケアし、どのように復帰させるかのシステムを持っていない。また復帰させない場合にはどのような要件によるのかも(例:性的交渉を持った場合は牧師復帰はない等)決まっていない。厳格な処分と同時に予防教育も、ケアも、復帰システムの構築も不可欠なものであると思う。


 
第二のパターンは、むしろ献身者人生の早期から逸脱に向けた準備性があり、一過性とは言えない現れ方をする。


 彼らは、自分の生き方を展開するなかで、熱心さ、強引さが奏功し、業績をあげるし、支持者も作る。しかし、そこでは自分のいわば王国を作るために、宗教を利用していると評されても仕方がない混ぜ物もかなり含まれている。その一部として異性に対する不祥事が生じ、拡大、反復しやすい。暴走の幅も大きく、裁判沙汰になることもあって、世間の耳目を集める。発覚後も真の悔い改めには至らないことが多い。


 第三のパターンは、本質的には第二のパターンに近いのだが、決定的な違いは、王国を作るだけの才覚や意欲がなく、暴走の仕方も小心であり、抑制的であることだ。くすぶり続けるといった感じである。


 これら第二、第三のパターンの場合、事実確認の上、そこに立って、厳格な処分や警告がなされるべきであるし、そうした介入を周囲がしないと、本人自身ではブレーキがかけられない。また、被害者へのケアをはじめ、関係者へのケアも非常に大切なことになる。


  そして、伝道者養成システムのなかで、神学生や初任牧師時代に、いかに彼らを細やかに取り扱い、きちんと方向付けていくのかも問われているのだと思う。


 クリスチャン新聞オピニオン欄(2009年2月22日号)
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2020.01.23 Thursday 20:47
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Comment
2009/03/05 10:47 PM posted by: ふじかけ
くるめVOXY さん

お寄りくださって、ありがとうございます。
これからも、お気軽に遊びに来てください。
2009/03/05 9:30 PM posted by: くるめVOXY
はじめまして。
ネットサーフィン中に貴ブログに
巡り合いました。
たいへん重要なことを教えてくださっていて
感謝です。
いろいろとこちらで学ばせていただこうと
思いました。
よろしくお願いいたします。
2009/02/14 9:48 AM posted by: ふじかけ
じんくんさん

類型の記事を書きましたので、
K氏、B氏がどのパターンなのかは、
質問されるのは当然だと思います。

すいません。
実は臨床心理士として、片方のケースに深く関わっていまして、一般に知られていないような情報も知る立場にあります。ので、守秘義務も派生しています。どのパターンかについては、発言をひかえることにします(といいながら間接的にはいろいろ言っていますが)。

かつてM牧師転落死事件のときも、守秘義務が派生しましたが、そのことを文章化したときは、メディアや印刷物で明らかになっていることだけを根拠に、考察できることだけを、あらかじめ所属教団に許可をとって、文章にしました。

類型論の続きはありません。
もし補足することがあるとすれば、
青年期、成人期をきちんと乗り越えてきた人が中年期になって危機を迎える場合(第1パターン)、それを中年期危機と呼びますが、
見た目、中年期危機に見えて実は違う場合があるということをきちんと解説する必要があるように感じています。

つまり、問題が露呈した時期が中年期であったとしても、青年期、成人期のころからすでにゆがみが様々なかたちで出ている場合です。第2,3パターンは、中年期に問題を出し始めたように見えますが、中年期危機ではありません。

また、第1パターンが、数として多いと思います。またこのパターンの人を理解し、再生することはかなり大切なことだと思います。

ただ、目立つのは第2、3パターンです。この二つを混合し、対応の仕方を混乱させないことが大切だと思います。

第2、3パターンは、早期に(献身の思いが生まれたとき、神学生時代、初任者時代ころに)、介入しないと、中年期になってからでは手遅れで厳しいという感じがします。

字数があれば以上のようなことを書いたと思います。
2009/02/12 9:25 AM posted by: じんくん
これを読んで、
「星の子」のK氏は第一のパターン。
「小牧者」のB氏は第二のパターン
と自分が知っている範囲では思いましたが、
先生はどう分類されているのかな?
と思いました。

まだ続きもあるのでしょうか?
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