記事:「映画「スターウォーズ」シリーズ完結に思う」
2006.12.25 Monday 18:51
映画「スターウォーズ」シリーズ完結に思う
(掲載:クリスチャン新聞オピニオン欄)

 映画「スターウォーズ」エピソード3が日本でも公開された。これでシリーズ六部作すべてが出そろい、壮大な叙事詩が完成した。実は、時間軸でいうと、より後半の物語(エピソード4から6)が最初に映画化され、その上で今度は前半の物語(エピソード1から3)が映画化されている。主人公アナキン(後のダースべーダー)が、後半3部作では、悪の権化として登場してくるが、前半3部作では、その反対に、正義の主人公として幼い頃からの成長物語が描かれている。前半シリーズの最終作である今回のエピソード3は、その正義の味方から悪の権化へと転落していく道筋が明かされる。そのためシリーズ全体のつながりを謎解きのように見せてくれるおもしろさがあるし、なによりも、悪に転落していく主人公アナキンの生き方を鮮明に印象づけてくれる。

アナキンの転落劇は、彼が愛する妻を失うことを予知夢を見て知り、苦しむところから始まる。そしてその妻を死から救い出す力を手に入れるため、いわば悪魔と契約を結ぼうとし、物語では「暗黒面」と呼ばれる悪の世界に身を落とすのであった。このあたりの事情をさして「正義よりも愛を選んだ」と評する人がいたが、それは違う。本当の理由は、私から見ると、アナキンの喪失の悲しみの未処理にあると思われてならないのである。

 実は、アナキンが大切な人を失う夢をみるのは二度目だった。かつて母親の予知夢を見、それが実現してしまった経験が彼にはある。女手ひとつで自分を育ててくれた最愛の母を失った喪失感はあまりに大きかったにもかかわらず、その悲しみに十分な時間をかけることはできなかった。目の前に迫った戦いへ正義の騎士として突き進んでいったのであった。いわば自分の使命を優先させるために、大切な人の死を後回しにしてきたのであった。だから傷口の癒えない悲嘆は心の奥底でくすぶり続け、新たに妻の死の予知夢をみたときに、これまでの悲嘆に重ね合わせて大きな動揺が広がったのである。

 加えてアナキンは、戦いのために、いろいろなものを捨ててきている。幼い頃に故郷を失い、訓練のなかで年相応の友情や遊びも取り上げられ、戦いの中では戦士仲間を次々と失い、また自分の身体の右腕までも失っている。これらも大きな喪失体験である。

 ひるがえって、現代社会にあって、霊の戦いに挑み続ける熱心な信仰者、とりわけ伝道者は、そしてそのご家族は、使命を優先するという一事に、喪失の悲しみを扱うことに鈍感になりすぎることはないだろうか。未だ放置している未解決な喪失の悲しみはないであろうか。この夏、映画スターウォーズを観て、使命に生きる人の喪失処理の大切さを今一度思わされたのである。
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