BMP記事「教会リーダーと「背伸び・強行突破」型」
2006.12.26 Tuesday 00:40
<教会リーダーと「背伸び・強行突破」型>

「背伸び・強行突破」型と「甘え・へたり込み」型。この連載エッセイは、人の、2つの反応パターンから、いろいろな問題を読み解いてきた。最終回は、こうした生き方の問題を、教会として、どう対応していくべきなのかを問題提起させていただきたい。

かつて私は法務省の心理職として、少年鑑別所、少年院、刑務所などで非行少年や犯罪者の面接を行ってきた。一般の方々のイメージする治療やカウンセリングというものは、主に病院や教育相談などで行われているものであると思う。そうした意味で、私のクライエントはそれとはまったく異なった人たちであった。いわば「背伸び・強行突破」型の煮詰まった人ばかりを面接していたのである。

 数年前、私は大学の教員に転職した。それに伴い都内で教会向けの心理相談室も始めた。その際、私はこれからは「甘え・へたり込み」型の人のカウンセリングをしていくことになると考えていた。ところが幸か不幸か、牧師や役員、その家族のご相談にあずかるなかで、むしろ「背伸び・強行突破」型の問題を抱えている方々のカウンセリングを相変わらず続けることになった。神様の不思議な計画を思うと同時に、一種の割り切れない問題を感じるようになった。

 それは、「甘え・へたり込み」型の問題を抱えた人(たとえばうつ病者)については、教会も一定の理解と配慮を示すことができるが、「背伸び・強行突破」型の問題を抱えた人については、個人の罪や意志の問題だけで片付けやすく、よっぽど問題が表面化しないかぎり、放置する傾向にあることである。また、問題が表面化した後も、前者であれば、病院に通院させたり、カウンセラーを紹介したりといったケアが付随する。しかし、後者の場合には、何年間の停職とか、役員罷免といった処分は下っても、その後の牧師復職や、信徒としての教会生活が待っているにもかかわらず、何のケア的なものが付随しないことである。これは破壊的である。なぜなら「背伸び・強行突破」型の生き方は、時間や意志の力で変えられないからである。いや、逆に、本人に失地回復、名誉挽回の気持ちが高まるので、かえって同質の問題を反復し続ける。それも次は表立たないかもしれないのである。

 処分の審査段階であれば、査定・診断的な意味で、また処分決定後であれば、治療・教育的な意味で、精神科医やカウンセラーの介在を考えねばならないはずである。そして、これは個々の教会の課題であるばかりでなく、各教団全体の課題であると思う。

 また、同じようなことは一般企業にも起きている。ミッション団体や、幹部が信仰者である企業の場合にも、同じである。

連載エッセイの最終回は、個人の生き方でなく、ややマクロな問題提起となったが、これが現在、私が深刻視している大きな問題の一つである。
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