人の顔が和らぐとき(伝道8:1)
2006.12.26 Tuesday 01:16
「人の顔が和らぐとき」

 顔というのは、非常に不思議な存在です。

 顔の不思議さは、見た目がキレイになったから美しくなるという単純なものではありません。同じ人でも、時期によって、状況によって表情は刻々と変わっていきます。

 恋をするときれいになる、オーラが出てくる、などと言います。
また、スポーツなどで優勝した瞬間などに、選手たちの喜びの表情をみると、その美しさに感動さえ覚えます。

 また、人は大人になったら自分の顔に責任を持つべきだ、とも言います。
この顔に責任を持て、といったのは、アメリカのフランクリンの言葉だったと思いますが、事務所の採用試験にやってきた男を不採用にした際に、あの顔では駄目だと言ったといいます。顔をみればその人のそれまでの生き様がわかるというわけです。

 さて、聖書では顔についてどのように教えているでしょうか。くるりん
伝道の書に次のように記されています。

  ◎伝道の書8:1(口語訳)
    人の知恵はその人の顔を輝かせ、
    またその粗暴な顔を変える

  ◎伝道者の書8:1(新改訳)
    人の知恵は、その人の顔を輝かし、
    その顔の固さを和らげる。
      *直訳:その顔の固さを変える。

 この箇所には、顔についての2つの説明があります。
 人の知恵、すなわち神を信じる信仰は、第一に、人の顔を輝かせる。そして第二に、人の顔を和らげる、という2つの効果がある、という説明です。私はことあるごとにこの箇所から、美ぼうの法則として、第一法則が輝きの法則、第二法則が和らぎの法則と言っています。今日は、この2番目の「和らぎの法則」について、共に学んでいきたいと思います。

この箇所を直訳すると、(新改訳で脚注にありますように)「顔の固さを変える」となります。ここでいう「顔の固さ」とはどのような状態をさすのでしょうか。

 みなさんは「顔の固さ」と聞いてどのような状態を想像しますか。
孤独な人の顔 ?
絶体絶命のピンチにある人の顔 ?
 本当は不安でしようがないのに、やせ我慢している人の顔 ?
 人の話に耳を貸さない、へんくつな人の顔 ?

 私は、顔の柔らかさというと、ちょうど太陽に暖められた大地のようなイメージがあります。
 謙虚な人の顔?
 内省的な感じの人の顔?
 自分の能力に対しても環境に対しても受容的であり、安定した感じを周囲の人たちには与える人の顔。
 どこか存在感があって、慰めと安らぎの人の顔?

旧約聖書はヘブル語で書かれていますが、旧約聖書で使われている「固さ」という言葉を見てみますと、そのほとんどが、町や城、やぐら等の「堅固さ」を形容する言葉として使われていることがわかります。
「堅固な町」(イザヤ26:1)、「堅き城」(箴言10:15)などです。

 そして私が一番興味を持ったのは、旧約聖書の士師記9章に登場する、テベツの町にある「堅固なやぐら」です。
 ここには、アビメレクという悪名高いクーデターの首謀者が登場します。そして堅固なやくらを所有しているテベツの町の人々は、彼にいったんはつきましたが、やがて反旗を翻しした。ところがテベツの町の人々の反乱はまったくの失敗に終わりました。アビメレクの軍によって、町は絶滅の危機に直面しました。彼らは命からがら最後の頼みのやぐらに逃げ込みました。

 ◎士師記9:51
「町の中の一つの堅固なやぐらがあって、すべての男女すなわち町の人々が皆そこに逃げ込み、あとを閉ざして、やぐらの屋根に上った」

 しかし、この堅固なやぐらも、奇才アビメレクの前には、何の役にも立ちませんでした。アビメレクはやぐらを火攻めにしようとしたのです。町の人々は、死という究極の恐怖と不安に直面しました。

 テベツのやぐらが、当時としてはかなり堅固なものであったことは想像に難くありません。おそらくは、彼らに警戒と防御の姿勢がそれだけ強かったからこそ、そうしたものに金や労力を割り当てたのでしょう。他の町と連合したり、自らの攻撃力を高めたり、いろいろな方法があったでしょうが、彼らは自分で自分をいたすら守る、やぐら作りを選択したのです。
しかし、そうした頼りの防御も、完全ではありませんでした。

 私は、ここに「顔の固さ」の意味することがよく表れていると思います。顔の固さとは、定義するなら、「恐怖や不安とから、自分で自分を守ろうとするガチガチの防御の姿」といえるのではないでしょうか。

 人は、自分の生活のあらゆる場面で、ストレスを味わいます。そして不安や恐怖を感じながら、それらを避けようとして、知らず知らずのうちに自分なりの対処方法、解決方法を、身につけているものです。
この防御の姿勢が不適切なときに、「固さ」となって表れるのです。自分だけを頼りとしようとする姿勢がそうした「固さ」をもたらすのです。

 とくに「固さ」が試みられるのは、新しい環境や関係に立ったときです。転居、入学、卒業、進路設計、具体的な就職活動、また家族の変化、友人や恋人との関係の変化など、次々に人生の節目の課題がやってきます。

 そのとき、これまでどおりの頑張りだけでは通用しないことが起こります。自分の成長と共に対処方法、解決方法も、新しく構築し直していく必要があります。もし自分だけを頼りとする生き方をしているのなら、あっというまに限界が来てしまいます。ですから、人生の節目節目で、人の顔の固さは、試みられ、変化しているのです。

 聖書には、神が堅固なやぐらになってくださるという約束が随所にあります。(箴言18:10等)私たちは、自分のやりくりだけで、自分のためだけのやぐらを作り、そこに逃げ込むのではありません。神にやぐらとなっていただくことで、顔の固さを変えることができるのです。

 神にやぐらになっていただくためには、聖書を読み、祈り、教会に行き、クリスチャンと交わり、ということも大切ですが、もう一つあると思います。それは、自分が必死になって隠し、しがみついている未解決な問題に関与していただく。私のやぐらを開放し、入ってきて頂く。これも大切なことです。

私たちは、私たちの顔をいつも神に向け、ストレスに対して、対処方法も解決方法も、まず神に相談するような生き方が問われているのではないでしょうか。そのとき、私たちの顔の固さが本当の意味で和らぐということではないのでしょうか。

 さて、誰もが認めることとして、最も和らいだ表情をしている人は赤ん坊ではないでしょうか。親の愛情に全面的に依存している状態がその表情の柔らかさを生んでいるのでしょう。聖書には、人を神に対する赤ん坊のような存在であるとたとえています。
 すでに信仰をお持ちの方は、赤ん坊のように神に依存してその和らぎに磨きをかけていただきたいと思います。

 こういう方はいないでしょうか。聖書の話を聞き、神の存在を信じ、十字架のあがないや復活をいちおうは理解しているのに、クリスチャンになる決意をしていない人です。キリスト教に親和し、教会の周辺にいる人です。実は、同じような状況から決意した人と、決意せずに模様ながめをしている人では決定的に差が生まれます。

 なぜなら、決意をしない人というのは、神の家族を、ちょうど楽しげな家庭を、眺めて、楽しそうだなあと感じている人のようなものです。建物の外、庭から周囲をぐるぐる周り続けて終わってしまいます。

 逆に決意した人は、神の子どもとして「生まれた人」です。たとえ未熟児でも生まれてしまえば、養われ、成長していきます。時間がかかったとしても確実に育っていきます。神の家族に赤ん坊として生まれるのか、その外から眺めるだけでぐるぐる建物の周りを歩き続けるのか。ぜひこの決意ということを考えていただきたいと思います。

 私たちは、友達や知り合いに依存しても、はしゃいでも、顔は輝くかもしれませんが、けっして和らぎません。神を頼りとする生き方が必要なのです。そして、神の赤ん坊として、成長していきたいと思います。
今日、私たちは、静まって自分の顔の固さについて考えてみたいと思います。

 祈り

(聖学院大学学内礼拝、2006年11月28日)
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Comment
2008/07/25 10:23 PM posted by: ふじかけ
fujikoさん

感想、ありがとうございます。

これからもお気軽にお立ち寄りください。
2008/07/25 9:09 AM posted by: fujiko
はじめまして。

福音派の教会に籍を置くクリスチャンです。

前々から、どこからたどり着いたのか、こちらのブログを
少しづつ拝読させていただいていました。

順境ばかりではない信仰生活は、もちろんなのですが、
最近、ちょっと追い詰められてしまって、一人荒野を行く・・状況でした。

デボーションの前に、とにかく噛み砕いた言葉が欲しくて
さまよってしまって、たぶんずいぶん前のこちらのメッセージを読ませていただきました。

問題をお腹の底から神様に取り扱って頂いているつもりなんですが・・まだまだ手放せずにいるのですね。
心さぐられたようで、ちょっと出口が見つかったかもです。

神様のお導きに感謝します。

酷暑のおり、お身体守られますように。
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