雨と傘の世界を楽しむ・その1
2009.06.08 Monday 18:03

  雨と傘の世界を楽しむ

雨の物語を読み説く・第10弾として、数回にわたって、雨と傘の世界を解説していきます。

■ 子どもと傘

  雨の降る物語を読むと、そこで傘がどう使われるのかを見るのはなかなかに興味深い。特に子どもが雨を楽しみ、傘を楽しむ姿は印象的である。ここでは、傘の世界を、人の成長段階の順をおって読み解いていきたい。

 まず、人にとって、最初に雨と傘に出会うのは、母親と一体の世界においてである。そこでは、母親が傘を差し、そのなかに一緒に入っている自分であるのだ。雨降りを心配するのは親のほうで、幼い子どもは、むしろ母親の世界を楽しみのみである。

 サトウハチロウに「雨とおかあさん」という詩がある。

ほそい ほそい
やさしい雨には
かあさんのまつ毛がある
わたしをさとすときに
ぬれてるまつ毛がある

ほそい ほそい
やさしい雨には
かあさんのささやきがある
大きくおなりと
くりかえすささやきがある

 ここには、幼い子どもが母親に庇護され、母親の愛情のただ中で、雨の降る外界を受け止めている姿が歌われている。

 また、第1章でも取り上げたが、北原白秋の童謡「あめふり」の世界のように、学校など母親から離れている場面で、雨に降られても、母親が傘を届けにきてくれるから、かえってうれしいと感じるのである。


 ■  届け傘の悲劇

  もっとも誰もが幸いな母子関係の中で雨と傘の物語を体験するわけではない。

 かつて、私はカウンセラーとして、ある凶悪事件を引き起こし、事件後、それを民族差別問題にすり替えて周囲を翻弄し続けた犯罪者と面接をしたことがあった。事件はかなり昔のもので、まだ露骨な民族差別が存在していたころの悲劇でもあった。

 私は彼にたずねた。「何か雨にまつわる思い出がありますか?」
 この唐突な質問に彼は眼をぎろりとさせながら、すでに高齢になった彼ではあったが、幼い頃の思い出話を一気に語ってくれた。

 「先生、ありますよ。私の小学生時代は、日本人の子どもの母親は(専業主婦なので)家にいたんですよ。我々のように日本人でない外国の子どもは、貧しかったので母親は働きに出ていたんですよ。だから、雨が降ると、日本人は母親が傘を届けに来て、我々はそれが無理なので、雨に濡れて帰ったんで、雨の日は嫌でした。」

 まだ日本の社会は専業主婦が中心の時代で、また傘も今のように使い捨てでなく大事に使われ、必要なときには家人が届け傘をすることが当たり前であった時代でもあった。彼は続けた。

 「まあ、でも私は違いましたけど。日頃、雨に降られる日は、濡れなく済むように軒下沿いに帰れる道を調べておきましたので、あまり濡れずに帰れました」

 私は彼の得意げな話しぶりを聞きながら、複雑な気持ちになった。彼は確かに民族差別問題を標榜することで、自分の支援者、理解者の同情や援助を利用して自分の身を守ってきていた。そういう意味では、軒下づたいにうまく立ち振る舞い、雨に濡れずに済んできたのかもしれない。そしてそのそもそもの屈折した心情には、母親との関係が好きだけれど嫌いであるといったアンビバレントなものであり、いわばいざという時に届け傘をしてくれない存在であったという問題が根深く存在していたのである。


■ 傘による自立

 子どもの雨と傘の物語は、確かに母親との一体感の世界から始まる。しかし、やがて自立のテーマが出現し、傘も自立の象徴になっていく。

 やました・たろうの絵本に「あまがさ」がある。これはすっかり大きくなったわが娘・モモを見ながら、親が3歳のころの雨と傘のエピソードを振り返る物語となっている。

 モモは、3歳の誕生日に、長靴と雨傘をプレゼントされ、大喜びをする。そして、雨の降る日を待ちわびるのであった。そして「いくにちも いくにちもたった あるあさ」ようやく雨が降ってくれた。モモは、家を出て幼稚園に向かうのだが、うれしいばかりでなくある種の緊張感も味わっていた。「わたし、おとなのひとみたいに、まっすぐ あるかなきゃ!」

 幼稚園の終わりにはお父さんが迎えに来たのだが、忘れ物の多いモモにしては珍しく、傘をきちんと抱きかかえながら現れた。モモは一歩自立に向けて歩み出していたのである。

 一般的にいって、幼い子どもは、最初は親の腕のなか、傘の下で、雨から守られる。次に、親に寄り添い、手を引かれ、親の傘の下にいることで、雨に濡れずに済む。ここまでは他力本願でもある。そして、ついに自分専用の子ども傘を買い与えられ、自分で傘をさす世界を体験する。たとえ親に同伴されながら歩くとしても、雨に対する防御は自力で行っているのだ。モモの感じたように「おとなのひとみたい」に雄々しい姿なのである。

 この絵本も、作者がしみじみとこう結んで終わる。

「おぼえていえも いなくても これは、モモが うまれて はじめて あまがさを さした ひだったのです。 そしてまた、 モモが うまれて はじめて、おとうさんや おかあさんと てを つながないで ひとりで あるいたひだったのです。」

(つづく)

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