連載ぁЭ瓦寮こ
2006.12.06 Wednesday 17:03
背伸びと息切れの時代・第4話
「心の世界」

ある人に、非行カウンセリングの仕事を痛烈に批判されたことがありました。
 窃盗を犯した人と面接をして、その動機を解明する、などという仕事に意義があるとは思え
ない。そのようなことは一目瞭然ではないか。金を盗むのは金が欲しいからに決まっている。
非行や犯罪を減らすのには、経済を立て直し、景気を向上させることが特効薬となる。これほ
ど自明なことに、ごちゃごちゃと付け加えようとするのか。
 ここまで極端ではないにしろ、案外、こうした発想をお持ちの方はいるのではないでしょう
か。

● 心の世界
ここにマンガ本を万引きした少年がいるとします。
なぜ万引きなんかをしたのかと本人に聞きます。すると彼はしばらくの沈黙の後、「そのマンガ本がほしかったから。小遣いがなかったから」と答えます。社会常識からするとこれで一件落着です。原因がわかったからです。しかし、実際にはそれだけで万引きが行われることはありません。その証拠には、親や周囲の大人が彼にマンガ本を買い与えても、あるいは小遣いを余分に与えても、必ずしも万引きがとまるとは限らないからです。
もしかしたら彼は一緒に万引きをした仲間の顔色をうかがったのかもしれません。あるいは、その書店の店員の態度に不快感を募らせたのかもしれません。はたまた前夜に両親がけんかをしていたことを気に病んでいたのかもしれないのです。また、少し前に学校の成績のことで叱られたことが影響しているのかもしれません。どれもこれも嘘ではありません。見栄や当てつけ、気晴らしなどいろいろな意味が同時に存在しているというのが本当のところなのです。万引きをはじめ非行は、これらの意味がたくさん重層して、行われます。しかし、たいてい本人も周りの大人もそうしたことをあまり自覚していません。だから、十も二十も、たくさんの意味が存在しているのにもかかわらず、常識的な「いかにも」という理由をとりあえず取り出して納得しているのです。
 もっとも、私たちはふだんの生活のなかで、いちいち多層的な心の世界を考えていたら、物事が円滑に進みません。原因を分析して対策を講じるという行為も、多くの場合、表層的に単純化すればこそできるものなのです。しかし、心の世界で行き詰まった事態に遭遇したなら話は別です。そうしたとき、私たちは本来の多層的な世界に立ち戻らなくてはならないのです。

● 非行の意味
それでは、非行の、たくさんある動機のうちで、もっとも心の深いところにある意味とはどのようなものでしょうか。それは、「強い自分」、あるいは「寂しくない自分」を必死に味わおうとすることだと思います。
たとえば暴走族で夜の街を走れば、周囲から怖がられる自分を感じて、自分は強いのだと実感することができます。場合によっては、まじめな同世代の子にはまねのできない蛮行をしている自分、あるいは、グループの中で役付きの自分、後輩を従える自分、警官を愚弄できる自分、見物する若者たちから憧れの対象となる自分など、いろいろな強い自分を味わうことができるのです。
人を殴るような場合など、もっと単純明快に強い自分を味わうことができます。人を支配することで、幻想的な自己拡大感を味わっているのです。
それらは本当の強さではないのは明らかです。しかし、本人からすれば、学業成績が思わしくなかったり、同世代の子から浮いたりして、親の期待にこたえられない無力感、劣等感に悩んでいるわけです。そのように思うように活躍できない状況の中で、彼らなりの絶望感を背負い込んでいるのです。非行は、そうした中でわらをもつかむ思いで到達した打開策であるのです。幻想の中での強い自分かもしれませんが、本来の弱い、さびしい、醜い自分を認めてしまうよりは、数段元気が出てくるのです。だから、けっして立ち止まりません。困れば困るほど強行突破しようと虚勢をはっていきます。失敗すればするほど、なんとかしようとするほど、また同じようなことをしでかしてしまうのです。これはこの連載で幾度もとりあげている「背伸び」の生き方の原動力になっているのです。

● 意味を知るだけでも
非行少年とのかかわりで一番大切なことは、カウンセリング技能でも、知識でもありません。彼らとかかわるその人が、彼らの横柄で自己本位な言動に怒るのではなく、その裏側にある彼らの無力感や疎外感のやりくり、すなわち強い自分、寂しくない自分を求めようとして息切れし、うめいている姿を受けとめることです。それだけで、彼らとの関係はゆっくりとしかし確実に変わっていきます。それは言外に、彼らを不用意に刺激しない配慮が生まれるようになりますし、察してあげるようなかたちで、慰めやねぎらい、賞賛の気持ちが伝わり始めるからです。
 またもうひとつ大切なことがあります。それは彼らに接するその人が、まず自分自身のなかにある「背伸びの息切れ」の生き方や、その根底にある「無力感、疎外感のやりくり」について自己点検をしておくということです。多くの大人にも、大なり小なり同じメカニズムが潜んでいます。しかし、そうした自分を自覚していない人は、非行少年の言動が、根性のない、ダメなものにしか映りません。なぜなら自分も頑張っているのだからお前も頑張れないのはおかしいじゃないかという感覚が無意識にあるからです。ところが、いったん自分のなかにある息切れを認め、受け入れた人は、不思議なことに、非行少年の姿が「けなげ」に見えてくるのです。


| ふじかけ | 連載:背伸びと息切れの 時代(非行エッセイ) | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
スポンサーサイト
2020.09.15 Tuesday 17:03
| スポンサードリンク | - | - | - | pookmark |
Comment
name:
email:
url:
comments:
Trackback
トラックバック機能は終了しました。
Search
Profile
Recommend
Recommend
Recommend
Recommend
Recommend
雨降りの心理学 雨が心を動かすとき
雨降りの心理学 雨が心を動かすとき (JUGEMレビュー »)
藤掛 明
雨の心理的イメージを鍵に、雨の降る物語を読み解く。カウンセリング論であり、人生論でもある。
Category
Archive
Latest Entry
Recent Comment
Recent Trackback
Links
Admin
Calendar
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< September 2020 >>
記事分析
アート情報
Sponsored links
Mobile
qrcode
無料ブログ作成サービス JUGEM