連載ァГちゃらける若者の孤独
2006.12.06 Wednesday 17:05
背伸びと息切れの時代・第5話
「おちゃらける若者の孤独」

 非行少年というと、「つっぱる」姿を思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、彼ら・彼女らがみなつっぱっているわけではありません。実はその反対の「おちゃらける」子たちも多くいます。それもひたすら、おちゃらけるのです。
 確かにおちゃらけることが、適度であれば、周囲に順応する際の潤滑油のような役割を果たすでしょう。多くの現代の若者たちも、そこそこにおちゃらけながら、周囲と折り合おうとしています。しかし、過度におちゃらける場合は、周囲からひんしゅくをかったりします。つっぱる若者には、自分のふがいのなさや無力感と戦う姿がありますが、このおちゃらける場合には、孤独でで寂しい状況と戦っている姿があります。おちゃらけがエスカレートすると、つっぱり同様に周囲への挑発となっていきますので、結果的には疎外、孤立していくことになります。ちょうど、つっぱる子が叱られるとますますつっぱるように、おちゃらける子が道理を説かれると、ますますおちゃらけていくことになります。

■テレクラ少女
 かつて私が面接をした少女で、いわゆる「テレクラ」が楽しくてしようがないという中学生の女の子がいました。彼女は口を開くとそれまでの無表情な顔が急に愛くるしくなって、「カレシとホテルに泊まっていたので楽しかった」と、自分の家出生活を無邪気に話してくれました。しかし、「カレシ」といっても、特定の男性を指すのではなく、日替わりのテレクラ売春の客であったのです。私は、家出中に、不特定複数の男性とホテルに泊まる話に、それじゃあカレシでもなんでもないだろうにと思いつつも、その言葉を飲み込みました。
 彼女は飛び抜けてひょうきんでした。いい加減な生活態度も目立っていました。しかし、ひょうきんすぎるから脳天気に新しい異性との出会いを求めてホテル住まいを続けていたとは、とても考えられませんでした。たとえ一夜の関係であろうとも、優しい言葉をかけてもらえる受容感を味わうために、あえて家を飛び出したのだと考えたら、彼女の普段はおそろしく孤独なひとりぼっちの世界に違いないのです。そして彼女のひょうきんさは、その孤独な世界にいることを忘れるための、壮絶な戦いの姿ということになるのではないでしょうか。
 私は思わず「寂しくない?」と話しかけると、彼女は「私、くよくよするタイプじゃないから」と答えてくれました。実は、彼女は、父親と幼い頃に離別し、思い出がありません。母親は彼女が小学生のころ、彼女の目の前で不慮の事故死を遂げ、ここ数年は、折り合いの悪い、年老いた祖母との二人暮らしを続けていました。こうしたことをふまえても、彼女は楽しく生きていると主張し続けました。

■おちゃらけつづける理由
彼女がおちゃらけ続ける理由は何なのでしょうか。なぜ困惑の感情を素直に見せてくれないのでしょうか。それは命がけで悩まないようにしているからなのです。
 もし、彼女も含め、おちゃらける非行少年・少女たちが自分の人生を真剣に考え、悩んだとしたらどうでしょうか。学校から落ちこぼれ、家族からは愛想づかれ、周囲からは浮いている現実があります。自分の中でも、自信がなく、良いものが見つからない状態にいることを直視することになってしまいます。不利な学歴、葛藤のある家庭。こうしたものは悩んでみてもそうは変わりません。まして相談しても現実は変わらず、かえって説教や非難をあびてしまい、自分の無力で孤独な姿に直面させられてしまうだけなのです。それは人によっては死ぬほどつらいことなのです。
 だから、おちゃらける人とかかわるためには、彼女・彼らがそうした無理をした生き方をすることではじめて不遇な状況を生き延びようとしているのだということをまず私たちが理解する必要があります。あのおちゃらけたテレクラ少女に、現実を性急に突きつけて(仮にそれが成功したとして)無防備なままに自分の孤独で真実な姿を直視させたとしたら、きっと生きていく元気や希望が持てなくなるにちがいありません。寂しい自分を認めても、また無力な自分を認めても、すべてが壊れてしまうわけではないということを感覚としてわからなければ、人が生き方を変えることは難しいことなのです。
 それでは、私たちは、おちゃらけた若者に、何を語れるでしょうか。
私たちは、人生は寂しいばかりではないのだという励ましを、どのくらい本音で伝えられるでしょうか。
刺激的な恋愛、性、ぬくもり、グルメ、気を引くおしゃべり、個性派のふり、非日常、感動体験、スリル・・・こうしたお祭り騒ぎの高揚感に、テレクラ少女は、寂しくない自分を感じようとしていました。しかし、そこには持続した人格的な人間関係がありませんでした。ですから次々と新しい高揚感を求め、おちゃらけをエスカレートさせていきました。
ふりかえって現代の社会も、お笑い番組を求め、イベントを乱立させながら、高揚感を過剰に求めています。大人である私たちこそが、まず人との真摯な関係を見つめ直し、堅実な友情やその他の人間関係を築き上げてみせることが求められているのだと思います。そのうえで、おちゃらける彼ら・彼女らに、そのやせ我慢の部分を腹で察してあげながら、個々の具体的な援助や約束を与えていくことを、地道に続けること、そうしたことが彼らの生き方にしみいるかかわり方となるのだと思います。
| ふじかけ | 連載:背伸びと息切れの 時代(非行エッセイ) | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
スポンサーサイト
2020.09.15 Tuesday 17:05
| スポンサードリンク | - | - | - | pookmark |
Comment
name:
email:
url:
comments:
Trackback
トラックバック機能は終了しました。
Search
Profile
Recommend
Recommend
Recommend
Recommend
Recommend
雨降りの心理学 雨が心を動かすとき
雨降りの心理学 雨が心を動かすとき (JUGEMレビュー »)
藤掛 明
雨の心理的イメージを鍵に、雨の降る物語を読み解く。カウンセリング論であり、人生論でもある。
Category
Archive
Latest Entry
Recent Comment
Recent Trackback
Links
Admin
Calendar
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   
<< September 2020 >>
記事分析
アート情報
Sponsored links
Mobile
qrcode
無料ブログ作成サービス JUGEM