教育の課題〜合理性以外の事柄を見ない社会
2014.05.30 Friday 00:25
少し長めの寸言(33)

(3)合理性以外の事柄を見ない社会

若者が問題を必要以上にこじらせることがある。つまるところその人が自分だけを頼りとして、暴走するからこじれるのである。人に頼ったり、相談したりすれば、もっとなんとかなっていたのにと思われることも多い。それは二分法の進み方であり、また、弱みを見せない進み方でもある。

 やや唐突な引用になるかもしれないが、幸田露伴の名作「五重塔」には、寺社建築の大工である頑固な主人公が登場する。弱みを見せず、人からの助言を聞かず、自分の思惑で進んでいく。実績もないくせに、五重塔を自分の一生の仕事として建てたいと寺の上人に直談判までする。私には、暴走する若者の生き様と紙一重に思える。しかし、主人公は見事に五重塔建設の仕事をこなして、偉人となる。この紙一重のなかで、独りよがりの無礼者ではなくて、「偉人」の側に転ぶ要因とは何であるのだろうか。それは、自分の思惑を超えた使命感のようなものではないかと私は思う。最後の最後は自分の手に負えない部分が人生にあることを感覚的に認めている謙虚さと言えるかもしれない。「五重塔」の主人公も、実は夢で、「怖ろしき人」から五重塔を作れという使命を託され、それを背負いながら突き進んでいたのである。

 私たちは、親として、教師として、社会の一員として、まずは、自分の力の限界を謙虚に認め、人の知恵や思惑を超えた、あるいは努力しても如何ともしがたい運命のようなもの(すなわち摂理)のあることを認めることを、もっと真剣に教え始める必要があるように思われる。死生の教育もそうであるし、家族や祖先への敬意もそうであろう。本当の意味での宗教教育も不可欠なはずである。そこから、若者たちの生きやすい社会や関係を生む糸口が発見できるように思える。そしてこれこそキリスト者の、そしてキリスト教主義学校の最大の務めであるはずである。
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