連載:視野を広げる
2006.12.06 Wednesday 21:38
背伸び・強行突破と息切れの時代・第12話
「視野を広げる」

■ 視野狭窄
ボクサーは、試合中、完全な負け試合であっても自ら棄権するようなことはありません。相手の連打を受け続け、リングに立ち続けるのが危険であっても、けっして「自分が負ける」とは思いません。命がけで戦い続けます。ですから、規則では、本人以外の人が白タオルをリングに投げ込み、無理やりストップをかけられるようになっています。
 駅伝ランナーも同じです。競技途中、体調不調や怪我によって歩き始めるランナーがいます。しかし、彼らの頭の中では、前へ進むことしか考えていません。今無理をして選手生命がなくなろうとも次のランナーにタスキをつなぐことだけを考えます。ですから、監督がそのランナーの体に触れることで強制的に棄権させられるようになっています。
 しかし、白タオルを投げ込まれたボクサーも、体に触れられたランナーも、「ほっ」となどはしません。不本意なままに、戦い、前進することをいったんやめるのです。そのような判断力は彼らにはもうないからです。
これは、私たちが、背伸び・強行突破的に突き進む生き方に似ています。普段ならそうした意気込みは良い方向に働きますが、自分の実力を超えた苦戦が続き、もはや頑張るだけではどうしようもなくなったときには、あだとなります。視野狭窄とでも言えそうな状態に陥りますので、現在の状況から退き、発想を転換したり、まったく新しい解決策をとったりすることができなくなるからです。皮肉なことですが、頑張る度合いの強い人ほど、この視野狭窄状態に追い込まれがちなのです。
 たとえば、子どもの問題で悩まれている親の場合、まず子ども自身がこの視野狭窄状況にいます。そしてそのことに心悩ませている親もまた視野狭窄状態にいることが多いのです。こうしたときには、まず親自身が自らの視野を広げ、今何が起きているのかを冷静に眺めることから始めなければなりません。

■ 身近な人
そのためには、まずセコンドや監督のように、身近にあって私たちの生き方を心配し、激励だけでなく、いざというときに警告や制限を与えてくれる人を持つことです。多くの場合、家族がその役割を担うのではないでしょうか。しかし、家族の場合、ともに視野狭窄状態に陥ることがあります。また家族関係自体が苦戦の元凶である場合もあります。ですから家族と異なった立場から、助言を与えてくれるような人がいることはかなり有益なことです。友人、知人、親類、職場や地域社会のなかに、そうした人がいるかもしれません。また教会の牧師や信徒がそうした役割を担ってくれることもあるでしょう。どうしても心配な人は、カウンセラーなどの専門家に相談することも、今なにが起きているのかを冷静に知るためには手堅い方法となります。(第一四話で専門家への相談方法について扱う予定です)
 会うと心が落ち着いて安心できる。常日頃あなたの気持ちを敏感に察してくれる。個人的な気持ちや秘密を打ち明けることができる。・・・こうした人がいつも身近にいるとは限りません。しかし、そうした理想の人でなくとも、話をじっくりと聞いてもらうだけで、実は話しながら、自分の実情や限界に眼が開かれることがまま起きるのです。

■ 三つの質問
身近な人からの点検に加え、個人として、新しい視野を手に入れるにはどうすればよいのでしょう。
第一に、「例外」を探すことです。私たちは、問題を起こしている人を見ますと、いつも遊んでいる、いつも暴力を振るう、いつも反抗的であるなど、いつも問題を起こしているように思います。しかし、印象はそうであっても、二四時間、三六五日、問題を起こしているわけではありません。実際はどのような問題を起こしている人にも健康で前向きの部分が必ずあり、遊ばずに過ごしたり、暴力に訴えずにすんだり、素直に応じるときがあります。そうした例外を探し、そういうときにはいつもと違うどのような状況や刺激があるのかを考えてみることが大切です。そこから新しい手がかりを見つけることができます。
 第二に、「もしも」を考えてみることです。私たちは、解決に向けて、本当はいつも多くの選択肢を持っているのです。しかし、多くの場合は、そうした選択肢を真剣に考えることをしません。むしろ、あれかこれかといった二択で考えてしまいます。ですから、内心これはありえないと思っている選択肢について、「もしも」と具体的に想像してみることです。現実的にじっくりと考えてみると、実はそうした選択もあり得ることがわかってきます。広い選択肢をたえず考えられるだけでも、その状況に冷静に対応している証しになります。
 第三に、物事の肯定的面を積極的に見つけてみることです。いっけんマイナスの出来事、失敗、挫折であっても、そこには肯定的な面が必ずあります。完全な成功や完全な失敗というものはそうはありません。多くのものは、一〇〇点ではなく〇点でもなく、その中間の出来であるのです。
 子どもの問題行動もまさにそうした性質が色濃くあります。そして問題行動が反復され、問題が深刻化するときというのは、問題を起こす子ども自身が、実は内心自分の失敗や劣勢を過剰に受けとめて、いちかばちかといった玉砕型の姿勢を強めているのです。ですから肯定面を見つけるというのは、親子共々、絶望と玉砕の生き方を和らげる効果があります。ただし、子どもの言動に肯定面を見つけるというのは、大人が本心からそう思えることでなければ、戯言や「よいしょ」で終わってしまいますので注意が必要です。

| ふじかけ | 連載:背伸びと息切れの 時代(非行エッセイ) | comments(2) | trackbacks(0) | pookmark |
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Comment
2010/09/23 11:36 AM posted by: ふじかけ
びびぱぱ さん

コメントありがとうございます。
共感いただき、嬉しいです。

視野狭窄の問題を解決するのは、その渦中では、大変難しいことですよね。

自分で、「光の乱反射」のように、「こうありたい自分」のイメージを持てることも大切だと思います。
2010/09/22 4:24 PM posted by: びびぱぱ
はじめまして。
視野狭窄の話、なるほどと共感しました。第三者に信頼の置ける人がいることの重要性も確かにそうですね。
直進、収束するのではなく、乱反射的にまったく異なる部分を照らし出す光の存在と、それを素直に受け入れられる柔軟な思考は、きっと自分の心掛け次第なんでしょうね。
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