連載:思い出したくない記憶
2006.12.06 Wednesday 21:39
背伸びと息切れの時代・第13話
「思い出したくない記憶」

 あなたには、人間関係で思い出したくない記憶がありますか。今でも悔やまれる失敗や不幸はないでしょうか。
 親であれば、これまでの子育てに際して、あのことは大失敗で取り返しがつかないと後悔することがあります。子育て以外でも、配偶者や親族、親友との関係で、あのことは忘れたいという思い出もきっとあるでしょう。もう今さら変えることはできないと恨み、苦しんでいる人もたくさんいます。
 これは子どもも同じです。親に向かって、あのときのあのことが赦せない。今の自分のうまくいっていない点は、全部、親にあるのだと猛然と抗議してくることがあります。それも、ある人には意外かもしれませんが、親への抗議は思春期だけの特権ではありません。社会人になって、中年になって、ささいなきっかけで、自分の年老いた親へのかつての不満を口にして、非難し始めることもあるのです。

■ なぜ人は過去を思い出すのか
それではなぜ人はわざわざ嫌な過去のことを思い出すのでしょうか。カウンセリングでは、その人が今あえて思い出したいことを(心の奥深いところの作業ですが)数ある記憶の中から選び出して思い出していると考えます。そしてそれは自分が自分に警告を発しているのです。たとえば、かつていじめられた記憶がある人がそれを思い出して辛い気持ちを味わうとします。しかし、それは同時に、その人が今現在、周囲との関係に置いて圧迫や疎外を受けて苦しんでいて、かつての記憶の中から今現在と同じような状況を選択的に想記し、今の自分に「気を付けないと、あのときのようなひどい目に遭うぞ」と叱咤激励や警告をしていると考えるのです。いじめの思い出は、今のつらい状況の原因という以上に、むしろ今のつらさの結果なのです。その証拠に、カウンセリング場面では、その人が変化、成長していくうちに、語られる記憶が変化しますし、同じ出来事なのに、見事に肯定的な要素が付け加わるようになります。
 ですから、たとえ過去の子育てについての後悔があったとしても、またたとえ子どもからの過去の子育てについての抗議があったとしても、実は、問題なのは現在なのです。今、うまくいっていない状況があるため、今の状態に警告を発するべく親も子も昔の記憶を総動員しているのです。ですから、過去を変えるのではなく、今を変えることを考えるべきなのです。たとえば、何事も消極的で逃げ腰の子どもがいるとして、親がそれに腹を立て、幼い頃にもっと厳しくしつけていたら良かった、と後悔しているとした場合、親自身が、今、大人の世界で逃げ腰にならず果敢に問題に取り組んでいる姿を子どもに見せることが肝心です。タイムマシンでかつての子育て時代に戻るよりはるかに子どもに影響を与えることができるはずです。

■ 一つの典型例
 ある人が子育てで後悔し、今の自分の生き方も肯定できないとすると、おそらく人間関係全般にしんどい思いをしている可能性があります。多くの場合、そこにはその人特有の密着的な人間関係があります。たとえば親にかなり期待され、相当を無理して頑張ってきた人は、それなりの実績を残し、「よい子」であるうちは良いのですが、それが続かなくなるととたんに親子関係が悪化します。早い場合には、思春期から、学校生活や学業で「よい子」を演じられなくなり、混乱し始めます。非行もその混乱のうちの一つの形として現れることもあります。しかし学校時代は順調だった人でも、職業や結婚・子育て生活の中で、自分の思うようにならない状況の中で失速すると、子ども時代の自分の育てられ方を思い出し、親への恨み辛みを噴出させることがあります。皮肉にも、そうした状態になったときには、たいてい身近な人間関係でもうまくいかなくなっています。親との関係で学習してきた密着的で、期待過剰な関わりを、身近な人にもぶつけてしまうからです。そういう人は自分の親を恨みますが、実は自分自身がその親のような役割を演じていることに気がつきません。そして、際限なく、周囲に対する甘えと恨みを出し続けていくのです。しかし、ここでも過去にさかのぼる必要はありません。過去を踏ん切り、今の自分の生き方を見つめ直すことが大切なのです。

■ 自問する
過去の思い出したくない子育てや人間関係の記憶に悩んでいる方は、次のような問いを自分に投げかけてみてはいかがでしょうか。
*思い出したくないあのことは、自分が思っているように本当に極端な形で起きたのだろうか。現象のある側面だけを誇張して見ていないだろうか。
 *自分が負担に思い、あるいは恨み辛みを覚えているあの人との人間関係は、適切な心の距離があるだろうか。かえって近すぎて(期待や甘えがありすぎて)混乱しているのではないだろうか。
 *自分は周囲の身近な人を本当に理解しているだろうか。相手を人格的な存在として見ているだろうか。自分の感情を中心に、自分の都合や思いを汲んでくれたかどうかで、あるいは自分の優越感、劣等感をどう扱われたかどうかどうかで、人を評価、理解していないだろうか。
もし祈り、聖書を読んでも、自己理解や内省につながらないように感じている方がいるなら、過去の嫌な記憶や今の困っている事柄を紙に書き出し、この自問を基に、ひとつずつ祈ってみることをお勧めします。
この一年のはじめに、思い出したくない事柄を、神様の前にあえて思い出し、吟味することは、けっして無駄に終わることがありません。
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