コラージュとの出会い(1)
2018.08.26 Sunday 00:17

 

貼り絵との出会い

 

■1982年、私は心理臨床家を目指し、法務省・横浜少年鑑別所に就職した。
投影法テスト、たとえばTAT(物語分析)に憧れていた。
ところが当時は過剰収容時代であり、最初の4年間は法務教官としての仕事に就いたので、
寮の日課指導で手いっぱいであった。当時少年鑑別所では全国的に「貼り絵」(色紙を押し棒で押しちぎって貼り付ける点描画)が盛んであったが、それに次第に魅せられていった。この貼り絵については貼り方の形式的側面に注目して、論文にしたり、エッセイにしたりした。

 

雑誌連載を通して


■1985年、私の最初の転勤は、大阪少年鑑別所であった。ここから、心理技官として面接室での仕事が中心になった。TATやロールシャッハテスト、ソンディテストといった投影法テストの勉強も実践も思う存分行った。1987年とある土曜日にひょんなことから月刊少年育成誌の編集者と話す機会があり、私はTATの体験を熱心に語った。あけて月曜日職場にその編集者から電話がかかってきて「描画の話が実に興味深かった。ぜひうちの雑誌に連載してみないか。」「TATでなく?」「そう描画」。
それから生まれて初めての雑誌連載記事を担当した。29歳の時であった。1年間の連載が終え、後半部分は書き下ろして、1999年、やはり生まれて初めての単著本「描画テスト描画療法入門」(金剛出版)として世に出した。

 

自由気軽な世界で

 

■この雑誌連載はその後の影響大であった。世の中に、私が描画を熱心にやっている心理職という印象を植え付けた。以後、描画の講演依頼や原稿依頼がくる流れが出来てしまった。もうひとつ、TATはある程度学術的なアプローチを意図していたが、描画は単純に日頃の面接などで役立てばいいという気軽なきもちで自由にやっていた。それを編集者にそこが面白い。臨床現場の専門家の本物の体験知のようなものに触れられると押し出され、それは今も続いていると思っている。

 

コラージュとのニアミス

 

■大阪時代にはコラージュとのニアミスがあった。ある精神医学の出版社の企画で、芸術療法事典の原稿依頼が舞い込んだ。私の担当項目は「貼り絵」「ちぎり絵」の2項目であった。「ちぎり絵」はほぼやっていなかったが、この原稿がきっかけでにわかに取り組んだ。興味深い事例にも恵まれて、なんとか依頼の原稿を書き上げた。ところがこうした事典ものでは起きることであるが、10年遅延したり、最後は完成しないで終わることがある。このときの企画は後者であった。ところがこのときの企画書に、「コラージュ」項目があり、担当者が「森谷寛之」とあった。貼り絵と似た分野と思われ気になった。この事典の依頼が1989年か1990年のことで、森谷先生がコラージュ療法についての日本で初の口頭発表をしたのが1987年、その発表抄録が学会誌に掲載されたのが翌1988年のことであるから、これを受けてすぐの項目化ということになる。私はこの企画をきっかけにコラージュ療法の概要に触れ、なんと自由度の高い方法であり、当時の私の研究していた「貼り絵」の固い世界と対照的であると感じた。
 

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