コラージュとの出会い(2)
2018.08.26 Sunday 15:44

 

家族療法の実地訓練

■ 私が、実際にコラージュ療法を経験したのは、大阪から、浦和少年鑑別所(現在のさいたま少年鑑別所)に転勤して2年目の1992年であった。非行以外の臨床にも触れ、臨床家としての力を付けたいと思い、土曜日に外部研修に出させてもらった。研修先は、千葉県にある家族療法の相談室に申し込み、そこで家族療法の実地の訓練を受けることにした。鈴木浩二先生が指導者であった。毎週通ったのは2年だったが、その後もよく通い、大きな影響を受けた(*注1)。*注1:

ちなみに鈴木浩二先生はプロテスタント信仰をお持ちで(晩年にカソリックに改宗)、来談者の中にも信仰者がけっこうおられた。さらに、その後ある研究会に推薦してくださり、平山正実先生や賀来周一先生と知り合うきっかけをいただいた。

 

カルチャショック

■ 私にしてみると、このときの研修は、非行少年の面接を続け、非行臨床のいろいろなことを学んできたという自負があったのであるが、それが大きく揺さぶられる経験でもあった。カルチャショックのようであった。私の当時身に付けていたのは、心理テストを丹念に解釈したり、非行ケースを分析したりすることであった。司法分野であり、裁判官に意見を伝えるわけであるから、科学性のようなものを意識していた。ところが家族療法の現場では違った。面接ごとにいくつもの仮説が述べられるが、絞り込むと言うより、一貫性なく広がっていく感じがした。また面接でも、描画とりわけコラージュを使うことがあったが、緻密な描画テストになじんできていた私は、その解釈の自由さ、大胆さに驚いてしまった。

 しかし、来談するご家族は、変化・成長していくし、コラージュを作る来談者は目を輝かせる。私は本務の非行臨床をひとまず脇に置き、週末はひたすら家族療法と自由な描画に没頭した。おそらくこの頃の私は、科学と伝統的な枠組みの非行臨床と、自由で大胆な家族療法やコラージュ臨床を自分の内部で統合できぬままに分割していたのだと思う。

 

研修同期生からの刺激

■ 実地の研修は毎年3,4人受け入れられていた。皆意欲的で個性的な人たちであった。ちょうど研修同期の20代の若い女性(児童領域の臨床心理士)が日頃の実務で実施したコラージュ作品を持参し、嬉々として説明してくれた。この説明は当時の私に染みいるように入ってきた。その本体はオーソドックスなコラージュ療法であったと思う。私からしてみれば、描画テストという土台に、芸術療法が乗り、つながった瞬間であった。短期間であったが、私は描画テスターから芸術療法家になったのだと思う。

 

アートセラピーになかなかつながらない

■そしてそうこうするうちに、家族療法面接で行われる大胆なコラージュもわかるようになっていった。とどめは、その研修で特別に用意されたアートセラピー講座が開かれ、鈴木浩二先生の娘さんでもある鈴木恵先生がその講座を担当された。毎回驚きと感動の連続で、私はアートセラピーの虜になった。

  鈴木恵先生はよくおしゃっていた。アートセラピーの一部としてコラージュと言う道具を使うことはよくあるが、コラージュだけでいくと決めることはない。アートは発想の自由が命であり、既成の方法に縛られず、その面接ごとにクライエントの個性と問題にあわせたアート課題をセラピストが創作していくことが肝心であると。

 私は深く同意したが、描画テスト、芸術療法と重ねた物の上にアートセラピーをすんなりと乗せることができなかった。家族療法の仲間と研修先の相談室でケースを持ち、アートセラピーを味わう分には問題なかったが、日常実務の非行性のアセスメントを行う面接者として、このアートセラピーをどう受け止め、活用し得るのか、イメージできず、ほとほと困ってしまった。何ヶ月か寝ても覚めてもこのことを考えていた。

 

つながった!

■ あるとき鈴木恵先生との何気ない会話であったが、私が「描画テストでは作品に対して言葉で質問します。アートセラピーは、描画後質問をアートでやるようなものですね。」と言ったところ「そうそう。」と相づちを打っていただいた。そしてこのとき、私はつながったと思った。私の中で精緻な描画テストと芸術療法と欧米型の自由なアートセラピーがつながった瞬間であった。これより日常実務でも積極的にコラージュを導入した。そのころの面接で、「家出し売春を続ける幼い少女」を担当した際に、1作目に続けて、その作品を裏返し、台紙の反対面(比喩として人に見せない内面世界)に2作目を作ってもらったのであるが、当時の私にとって「つながった」ことを証しする記念碑的ケースとなった。その後も非行面接でもコラージュを使い続けた。少年鑑別所というところは短期間の面接であったが、芸術療法のコラージュ療法を中心に、時折ひらめくとアートセラピータイプのコラージュを行っていた。当時私の知る限り非行の実務面接でコラージュを使っている人はいなかった。興味深いケースも蓄積し、その有効性を発信したくなり、「つながった」から1年後くらいたったとき「非行少年の素顔に触れるとき」(1994)という記事を教育雑誌に発表した。また同じ年に学会に口頭発表もした。このころ少年院の教官と連携して処遇困難な在院生にコラージュ療法を行ったが、これは少年院で初めて行ったコラージュ療法であると思う。またこの年は、すでに八王子少年鑑別所に転勤していたが、矯正や司法の実務家にこの技法を知っていただこうという趣旨で、八王子少年鑑別所が主催し、コラージュのワークショップを開催し、100名の参加者を得た。この数字は大盛会である。このように1994年は「発信」と言う点で特別な年になった。

 

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