ニーバーの「ユーモア論」
2019.04.24 Wednesday 10:44

かつて、ニーバーの論考を私が引用、要約、紹介した記事をこのブログに書いたことがある。

私の論考でなく、ニーバーのものであることを念のため確認しておきたい。

 

▲2007年のブログ記事。

・・・・・・・・・・・

  昨晩、ニーバーという神学者がかいた「アメリカ史とアイロニー」を読み始めた。なにやら難しそうなので、最初にまず付録「ユーモアと信仰」から読む。けっこうこれはおもしろかった。

 彼は笑いは信仰の入り口だという。緻密な論理が展開されているが、私なりに要約すると、ユーモアのセンスは、自分を超える高みから自分を見おろす能力によっており、自分がとるに足らない存在であり、自分の欠点や思い上がりによっていささかの滑稽さを感じることに拠っている。そういう意味で、自分自身を笑うことができる能力は、悔い改めの感覚への序曲になる。ただし、序曲であり、笑いだけでは、自己の罪の問題を究極の仕方で取り扱うことはできない。序曲の先に進むと、今度は笑いはない。純粋な悔い改めの中には、笑いがなくなる。それはさらなる次元(神の裁きの感覚)が存在するからだ。
 
 「笑いは神殿の前庭にある。そして神殿それ自体の中にその笑いの反響がある。しかし、至聖所の中にあるのは、笑いではない。それはただ信仰と祈りだけなのである。」(ニーバー、287頁)

 

 

▲上記をさらに簡略化した記事(2013年)

・・・・・・・・・・・・・・・

 アメリカの神学者・ニーバーは、「笑いは信仰の入り口」だという。ユーモアのセンスは、自分を超える高みから自分を見おろすことで生まれる。自分がとるに足らない存在であり、自分の欠点や思い上がりを観ることができるからこそ、いささかの滑稽さを感じるのである

 

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