書評:「ワンダフルカウンセラー・イエス」
2007.06.22 Friday 23:19
●「ワンダフルカウンセラー・イエス」一麦出版、
(掲載:「いちばく」第13号、2006年3月)
*リバイバル新聞書評欄(2005年12月)に同書書評を掲載したが、これは多少書き加えた別物。

心身医学や交流分析の大御所である杉田峰康先生が、ついに書かれたクリスチャン向けのカウンセリング書である。一般心理学界において大きな功績を残されている方だけに、キリスト教界向けに、どのように、どのようなカウンセリングを論じるのか、興味津々で本書を手にした。そして圧倒された。本書では、先生が自らの専門分野について、そしてカウンセリング全般について、真っ向から信仰者として語っておられたからである。どこを読んでも、信仰者としてカウンセリングを受容した先生の告白と実感に満ちている。またそれがモザイク的でない。「神が怒りの対象である人間を、イエスの十字架によって赦した」ことを、カウンセリングによる葛藤の解放のモデルとして受けとめるという視点で貫かれているのである。まさに渾身の力作である。

 私は思うのだが、クリスチャン・カウンセラーが説くカウンセリングというのは、その人生観・人間観ゆえに信仰告白の部分がどうしても入るし、日ごろ対象としている臨床領域の影響もある。だから、その理論は、カウンセラー一人ひとりが自ら深めていく独自なものにならざるえない。本書に示されているように、杉田先生には独自のカウンセリングが確かに存在しており、だからこそそうしたものに接すると、教えられるし、考えさせられる。逆に、既存の体系を紹介するだけの教科書や、ちょっと良い話のちりばめられた随筆のようなカウンセリング本は入門時には貴重であるが、それ以降はあまり役に立たないのである。

 私事になるが、ハート
私は長い間、法務省の心理技官として、非行、犯罪臨床で活動してきた。だから私は、カウンセリングにあたって、クライエントの内的葛藤よりも、背伸びと行動化に目が向くし、彼らの抱いている深い無力感、疎外感をいかに受け止め、最終的にはクライエント自身にそれを自覚してもらえるのかをテーマにしている。それは、努力による自己義認の限界であり、罪の自覚・悔い改めによりはじめて生き方が変わっていくことができるという聖書のメッセージに重なり、私なりの信仰告白ともいえる。しかし、どのような独自性を持つカウンセリングであろうと、共通するリアリティーがある。だから私の臨床のリアリティーは非行、犯罪以外のカウンセリングでも参考になるだろうし、本書の杉田先生のリアリティーは、私には十分すぎるほど学ぶものがあり、勇気づけられた。クライエントが本当の自己理解に至る険しさを、いつもと少し違った角度から細やかに教えていただいた気がする。

 「本項は、イエスとマグダラのマリアの関係についての多少大胆な考察であり、ご批判もあると思います。クリスチャン・カウンセラーとして、既成の技法に安住することなく、イエスから学び続けたい思いで書きました」(九三頁)。

 「これらの問いに対して、クリスチャン・カウンセラー一人ひとりが、自分の答えをもつことを求められていると思います」(二四九頁)。

 このように読書に迫る著者は、何かの答えを教えてくれるのでなく、その姿勢を模範として示してくれているのだと思うのである。

 さて、本書の構成であるが、第一部「聖書とカウンセリング」と第二部「心の戦いからの解放」からなり、前者では、聖書の記事から、イエスのカウンセリング、イエスのカウンセラー教育、そしてクリスチャン・カウンセラーの自己成長の問題を扱っている。また、後者では、交流分析、ゲシュタルト療法の立場から、その治療法を概説し、信仰者としての先生の受け止め方が細やかに言及され、第一部からの一貫した流れを感じることができる。

 本書は、しかしというか、やはりというか、カウンセリングの入門書ではないように思われる。確かに、読者への配慮が細やかで、優しい言葉で書かれている。たとえば「抵抗」、「転移」といったカウンセリングの基本概念も丁寧に解説がなされているし、一方で、「サタン」や「聖霊の働き」といったキリスト教の基本的な事柄についても、聖書に基づいた解説がやはり丁寧になされている。また、教会におけるカウンセリングについても、かなり具体的な助言が盛り込まれている。たとえば、教会内の人間関係の特質を扱ったり、クリスチャンのカウンセリングでの抵抗や、カウンセラーが聖句を引用する際の危険性なども言及されており、わかりやすくどれもこれも実際的である。しかし、本書は入門書や啓発書の域を優に超えており、中堅以上のクリスチャン・カウンセラーが読むべき濃密な専門書といったほうがより適切であろう。

 もしかしたら、一人のクリスチャン・カウンセラーが自ら深めてきた独自なカウンセリング書をまとめたのは本邦初かもしれない。このような色濃いカウンセリング論が、さらに多くのクリスチャン心理臨床家によって、日本のそこここで発信され、我が国のクリスチャン心理臨床の土台が築かれていくことを願いたい。

(ふじかけ・あきら、聖学院大学総合研究所専任講師、臨床心理士、「いちばく」第13号、2006年3月)
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