記事:「ブログという道具の力」
2007.08.12 Sunday 15:02
ブログという道具の力
(掲載:クリスチャン新聞オピニオン欄)

 私は、一日の仕事の終わりに、自分のブログを必ず見る。ブログとは、インターネット上に設置された個人の日記帳のようなものである。私のブログは、その日の雑感を書き、その日に書いた原稿を納めるようにしている。ちょうど、心理学とキリスト教カウンセリングの図書室といったおもむきになっている。
 さらに寝る前には、今度は、他の方が書いたブログで、気に入っているものを、ちょうどテレビの連続ドラマを見るかのごとくに、楽しみにして読んでいる。
 たとえば、パスワード
今の私のお気に入りの「ヤコブの梯子」は、ある牧師が日々の活動を、実に飾らず率直に報告している日記だ。読むと良い意味で肩の力が抜け、勇気づけられる。「本を枕に〜編集者の日々」は、あるキリスト教出版編集者の深い洞察と知識の世界を味わえる。「A cup of tea」は、一児の母であるクリスチャン臨床心理士の日記である。同業者でありながら、私と異なる視点や生活経験に触れることができ何かと刺激を受けている。
 ブログは、自分の意見や感想を社会に発信できる魅力があると言われるが、同時に、そうした意見や感想のもとに、読んだ人のコメント(短い感想)が書かれ、ミニ井戸端会議を生みだすことも魅力だ。たとえコメントが書かれない場合でも、読んでいる人は大勢いるのだ。私自身、他の方のブログにコメントを書かなくても、しっかりと読んでいろいろと考えさせられている。
 カウンセリングの世界では、自助グループという治療的なプログラムがある。特別な指導者がいなくても、同じ問題を抱えた参加者が、対等な関係で、「言いっぱなし、聞きっぱなし」を原則としながら交流することで、不思議なくらい、互いの成長を引き出しあうのである。人の発言に支えられ、時には自分の未処理の問題の深いところを探られることも起きる。必ずしも多いとはいえない日本人クリスチャンが、ブログによって同じような問題意識を持つ同信の仲間と率直な交流を、部分限定的とはいえ、持つことが出来るとすれば、それは計り知れない力となる。自助グループ的な成長促進のきっかけを与えてくれることも期待できるように思う。
 ブログでの交流は擬似的なものであり、匿名性ゆえの誘惑や落とし穴もある。また手段が目的化してしまい「はまって」しまう危険もある。そうした制約や危険性を十分に留意しながら、しかし、私たちに与えられている道具として最大限に用いていくことに、私は希望を抱いている。
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2020.01.23 Thursday 15:02
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Comment
2007/08/31 10:55 AM posted by: nobu
ブログに関する記事だと、
つい反応してしまいます……

クリスチャン新聞の記事、読みました。
同意することも多く、
それを専門的な立場の方が言ってくださると、
何ともいえず、すっきりします。

ところで……
「ヤコブの梯子」ですが、URLを
教えていただけますか?
ちょっとうまく検索できなくて。
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