インタビュー「牧師という職業の特殊性を知る」
2017.08.29 Tuesday 22:56

 

8/25、キリスト教月刊誌「舟の右側」に私のインタビュー記事が載った。

タイトルは最終段階で編集者が決めるのであるが、今回は「牧師という職業の特殊性を知る」となった。

 

個人的には「特殊性」というより「独自性」のほうがぴたっとくるが、

今号の雑誌全体の切り口からすると、「特殊性」なのだろうな。

 

赤江先生のインタビューやら、濃い連載記事が満載で、今号も大漁の予感大である。

 

私の記事の見所としては、研究室の乱雑ぶり、ここまで顔写真(二つ目)の背景に出している、というところか。

 

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「焚き火を囲んで聴く神の物語・対話編」を開いて(1)
2017.08.28 Monday 09:42

 

2016年度。雑誌「舟の右側」の異色の連載が載った。その後、その仲間たちが加わり、「焚き火を囲んで聴く神の物語・対話編」(ヨベル)という書籍となって、登場した。

 

ここでは、本を紹介するとか、そういうたいそうなことでなく、藤掛に関係した部分に、身勝手にリフレクションしていきたい。

 

(1)ファイアーキーパー

 

本書の第5章は、大頭先生の、多くの読者へのお礼で始まる。
冒頭はこうだ。

 

「この連載も5回目になった。これはみなさんの声援のおかげだと思う。
特に水谷潔先輩や藤掛明先輩の応援は、ぼくを励ましてくれていると思う。」124頁

 

そして藤掛明の<注>にはこうある。

「有名でいい人だ。やはり二度ブログで励ましてくれた。」と。124頁・注

 

ここで「いい人だ」というのは面白い。

この「いい人だ」には、大頭先生が、私に向かって、あなたを受け入れているから焚き火にあたりなさいよと言って招いてくれるような暖かさを感じる。

しかしそれだけではない。大頭先生は、焚き火を囲んで、良いコンディションで語り合いができるように、その場を守っているのだ。乱入者や破壊者や教条主義者を警戒し、焚き火に近づいてくる人が焚き火精神を理解してくれるかどうか敏感になっている。その人が危害を加える「悪い」人か、応援をしてくれる「いい」人か。新しい人物が登場する度に自分自身に向かって問うているのにちがいない。

ついでにいうと、「有名か、マイナーか」は「良い人、悪い人」の重みに影響する。そう。大頭先生の「焚き火守り人」としての外界認知の2軸なのだ。そのくらい警戒し、敏感なのだ。

 

焚き火の醸し出す自由さ、気楽さは、陰で焚き火を守る人の力に負うところがある。特に焚き火が安定して燃え始めるまでの間はそうである。連載5回目というのは、焚き火の炎がことのほか燃え、焚き火的な手法、展開がこれでやっていけそうだというころに当たるのかも知れない。

 

焚き火を勝手にたき、しかし繊細にそれを守っている大頭先生はかなりいい人だ。

 

<もしかしたら、続く>

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転倒注意
2017.08.24 Thursday 23:40

8月は転倒1回。七転八倒というくらいだから8月に転ぶのは正統派。

 

8月8日、自宅近所の道を渡ったとき、道脇の花壇のブロックにつまずいて前のめりに転んだ。

しばらくは何が起きたかわからず、胸ポケットからスマホがとび、メガネがとんだまま、倒れていた。

 

昨年の春、転倒したときは救急車で運ばれ、おでこと頭部に怪我をし、外科に4か月かよった。

 

今回は、何もなく、立ち上がり無事に帰宅した。

一日後、右手甲に擦り傷が3カ所あることに気づき、ひりひり感を味わった。

転倒注意。比喩ではなく、文字通り今の私に必要なことである。

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牧会者の説教と自己ケア・空き席あり
2017.08.23 Wednesday 20:49

 

2017年度 牧会サマーセミナー【9/11開催】

 

テーマ:牧会者の説教と自己ケア

会場:聖学院大学

主話題提供者:堀肇先生

有料

対象:牧師・教職者

特徴:語り合い中心

 

今日、事務方とのやりとりで、まだ空き席があることがわかった。

よろしければ

詳しくは、こちら→

http://www.seigresearch.jp/event/2017%E5%B9%B4%E5%BA%A6-%E7%89%A7%E4%BC%9A%E3%82%B5%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%BB%E3%83%9F%E3%83%8A%E3%83%BC/

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「求道者」を考える(2)
2017.08.22 Tuesday 17:08

 

 

■「求道者」を考える、2

 

今回は思いつきの度合いを高め、

個人としてではなく、キリスト教界にとっての求道者の意味を考えてみたい。

 

題して、

トリックスターとしての役割を果たすことのある求道者。

 

ここでいう求道者とは、長期間の求道をさす。
長期間求道=さなぎ状態。
欧米人は、キリスト教的世界観、人間観、神観がある。日本人の多くはない。
そういうものを受け止め、消化していくためにはそれらを咀嚼する時間が必要。

その作業を信仰を持ってからすることもあるし、まずその作業をしてから信仰を持つ人もいる。前者は洗礼を受けているが批判的精神に満ち、ブツブツ・うつうつ・いらいらしている人。後者は文字通り洗礼を受けずに求道を長期化させている人。

 

さてこのように長期間の求道をする人(その裏返しの洗礼を受けてから批判者になる人)について考えると、その一部のひとは、「トリックスター」としての役割を果たすことがあるのではないかと思う。

 

 

トリックスターとは、神話や民間伝承に現れるいたずら者で、善と悪など矛盾した性格を持っている。秩序の破壊者でありながら一方で創造者であり、対立した二項間の仲介・媒介者の役目を果たす。

 

1.トリックスターは、注目される。
批判されたり、賞賛されたり、笑われたり、周囲が極端に反応する。
本人もいたずら好き、挑発的。怒りやトラブルを原料にさらなるエネルギーを燃やす。

 

2.高尚で賢者のような発言。一方で率直で巧みにはやり言葉や俗語を使う。
若々しい。格好良い。面白い。

 

3.トリックスターは、旗幟鮮明で主張はシャープでインパクトがある。
自分に対する批判や中傷にはタフに応じる。本当の意味での独創性はなく、既存の素材を切り貼りし、変革を試みる。広告塔にはなれるが、思索家にはなれない。

 

4.自分のお城を作って殿様になることはしない。既存(秩序側)の組織やグループには属さず、はざまに生きている。策略家として特定の組織やグループに重宝がられることはある。

 

5.上記4に関連して、「クリスチャン」とか「プロテスタント」とか「福音派」とか自分を十把一絡げに呼ばれることを嫌い、同じくそう呼ばれることに安住している人を無性に茶化したり、非難したくなる。

 

6.状況はまとまらず、混乱、解体していく。本人の意図通りではないが、混乱の末、あたらしい世界の扉をあける。
あるいは諸勢力が円のように並び、動きようがない状況にあって、円をらせんのように変えていく。


このように考えると、長期間求道者のある人たちが、トリックスターの役割を果たすときというのは、教派を超えて、そもそもキリスト教の既成概念を超えて、新しい世界の扉が開けられるときであり、この時代、この時に与えられた神さまからの贈り物として受け取ることも可能である。

 

 

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「求道者」を考える
2017.08.21 Monday 18:50

 

なぜ信仰を持たず、長期間、求道者を続ける人がいるのか。

 

とりあえずスタート地点の覚え書き。

ここからいかに深めていくか。

 

素朴な観点から

 

1 教会に魅力がない。
      伝道が即決を求め、脅迫的になる場合がある。
      信仰者の未熟さ、罪深さに、つまずく場合がある。

 

2 信仰の持ち方に個性があって良い。反画一化。
      静かにゆっくりと信仰を持つパターンはもっと見なおされて良い。

  大原則は聖書にしめされ、普遍的なものがあるが、同時に個々人の気質や性格により個性がある。


3 長期間求道=さなぎ状態
      欧米人は、キリスト教的世界観、人間観、神観がある。日本人の多くはない。
      そういうものを受け止め、消化していくためにはそれらを咀嚼する時間が必要。

  その作業を信仰を持ってからすることもあるし、まずその作業をしてから信仰を持つ人もいる。


4 最後は、冒険。
      結婚も、飛び込むことから。長すぎた春はうまくいかない。
      信仰も同じ。
      神の子となる、という比喩。いったん神の子として生まれてしまえば成長が始まる。

 

5 いま、なおさなぎ状態でいるべきか、冒険(受洗)をするべきか

(1)葛藤の自覚

  まずもってそういう問いかけが心の内にあるなら、冒険すべき。  
(2)強さ、清さの問題
弱いからこそ、罪深いからこそ、信仰が必要。そこがわかるなら、冒険すべき。

(3)受洗という「儀式」への懐疑心
儀式は単なる形式美ではなく、魂の節目。後々儀式を得たことが、支えになる。

冒険は後からじわじわ効いてくる。

 

*このテーマで、これから組み立て深めていきたい。

ただし、あくまで臨床心理学の観点からの指摘にこだわり、考察したい。

できれば修正・構築していくプロセスも残していきたい。

 

ちなみに今年の6月の大学での礼拝奨励「神の子となる」。

同じテーマである。

http://fujikake.jugem.jp/?eid=4698

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本を表彰・選考するイベントに思う。
2017.08.19 Saturday 09:06

 

「キリスト教本屋大賞2017」の大賞発表が行われた。ひとつのアイデアである。そして企画者の奮闘を思う。

これに先行する一般業界の「本屋大賞」がある。こちらは社会を動かし、本を売ることに画期的影響を与えている。

 

さて一般業界の「本屋大賞」について、ひとつすごい特徴がある。

それは「読めば必ず良かったと思える小説に会える。娯楽性の保証がある」ということだ。

第一に、選考対象が、小説(文学)限定であり、小説を楽しみたい人には「あて」になるのである。

第二に、評論家や作家が選ぶのでなく、書店員が選ぶために、さらに親しみやすい作品が選ばれ、ますます「あて」になる。

 

キリスト教界も、選考対象を特定分野限定でできないであろうか。オールジャンルでは、かならずしも「あて」にできないからである。たとえば「闘病記」だけの賞があったり、「社会評論・サブカル本」の賞があったり、「信仰エッセイ」の賞があったりすると「あて」になる。しかし、その場合、一年間の刊行物では、点数が少なくジャンルを分けるのには無理がある。

 

そのため、ジャンルをわけて、「あて」を担保するためには、複数年の期間を対象とし、単発とするなど、少し無理をしなくてはならなくなる。

 

『これだけは読んでおきたいキリスト教書■選』

『「これだけは読んでおきたい」宗教改革がわかる■冊』

・・・すごく良い感じだ。

 

いま、求道者に読んで欲しい本をいろいろと紹介してみようかと思っている。

「これだけは読んでおきたいキリスト教入門書」【ベテラン求道者向け】【つい最近求道者向け】【遠く離れた周辺者向け】

なんてどうだろうか。

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気の良い牧師が直面するいくつかの物語(7)
2017.08.18 Friday 09:03

 

4.ささやかなまとめ

 

(1)

前向きで爽やかで空気の読める「気のいい牧師」を主人公にして、そこに生真面目な男性と強気の女性が出てきて、その牧師がすごく困ってしまうという話を書くことを思い立ちました。話の次なる展開は、生真面目の女性と強気の男性の登場。さらなる新キャラクターの登場。とキリなく連想が広がりましたが、それはそれとしてここで、とりあえず区切りとしたいと思います。

 

なぜこの話を書こうと思ったかというと、これは従来の日本の教会には無かったパターンで、最近増えているケースではないかなと思うからです。昔は、強権発動型の牧師が力を発揮して、クセのある信徒がある面おさえられていたと思います。

でも今は、そういったタイプの牧師がいなくなり、気のいい牧師が多くなったので、信徒の頑固さや支配性などがバランス悪く表面化することが出てきました。そんな新しい時代の人間関係のバランスに注目したいと思いました。

 

(2)

ある方から信徒として一連の物語を読み、自分は超「生真面目」と超「自信家」の両極端をしていると感じている。だから、牧師も自分をめんどう見きれません。というようなコメントを寄せていただきました。

 

これは理想的な読み方になると思います。

とりあげたのは2人の人。2類型ですが、自分のこころに住んでいるジャック的な性質とスカーレット的な性質を感じ取っていく。そこから自分を知る新たな発見をしていく。そういう読み方です。

 

(2b)

ただ過敏になりすぎてもいけません。

繰り返しになりますが、

頑張る人は、真面目であったり、自信家に見えるものです。

あえて「超」を付けたのは、ただの真面目であるだけでなく、筋や建て前にこだわっている人です。そしてただの自信家であるだけでなく、周囲に鈍感な人です。

 

(3)

最後に、キャラクターの描写にあたっては、パーソナリティ障害など、パーソナリティの偏りに注目しました。

関連書を2冊挙げておきます。

「パーソナリティ障害」岡田尊司、PHP新書、(主として病理レベルを扱う)

「パーソナリティ分析・恋愛編」岡田尊司、青春新書、(病理でなく、性格傾向として扱う)

 

(4)

なお、「気の良い牧師」が教会で経験する物語については、気が向けばあと6編くらい書くかもしれませんが、余りお役に立てない気がしています。たぶん心理カウンセラーの提示する枠に、信仰的、牧会的、霊的な点検と肉付けをいかにするのかにかかっているのでしょう。

とりあえず、今回をいちおうの区切りといたします。

 

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藤掛 明
雨の心理的イメージを鍵に、雨の降る物語を読み解く。カウンセリング論であり、人生論でもある。
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