おふぃす・ふじかけ賞授与式、終わりました。
2017.07.08 Saturday 23:35

 

 

7/6、おふぃす・ふじかけ賞授与式にご参加 くださった方、別の地でお祈りくださった方、ありがとうございます。スピーチをしてくださった蔡香先生、石居基夫先生、晴佐久昌英先生、そして市川真紀さま、また書面をお寄せくださった鈴木七沖さま、大変充実したひとときでした。普段顔をあわせることはそうない濃い方々が一堂に会しただけでもすごい時間だったと思います。今後、個々のエピソードなどを幾度かに分けご報告いたします。

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奨励:神の子となる〜教会周辺者・にわかファン・永遠の求道者
2017.07.03 Monday 16:57

6/20 全学礼拝 奨励

 

*準備はあまりすすまず、無難な内容にしました。

 

「神の子となる」

ガラテヤの信徒への手紙/ 03章 26節
あなたがたは皆、信仰により、キリスト・イエスに結ばれて神の子なのです。

 

 

要旨

 

1.はじめに

人が信仰を持つとき、ドラマチックな回心を期待していることはないか。
ドラマチックと言わないまでも、素朴な先入観がある
しかし、いろいろな神との出会いがあるし、いろいろな回心があっていい。

熱く涙をもって感激の中で信仰を持つ人もいる。
激しい問題状況の中で走り回る中で、信仰を持つ人もいる。
苦しみに苦しんで信仰にたどり着く人もいる。。
そして、慎重に、時間をかけて静かに信仰を持つ人もいる。

とくに日本人の場合、時間をかけてクリスチャンになるパターンは多いように思う。

 

 

2.信徒でも求道者でもない人。

さて教会には、信仰を告白して会員となっている「信徒」がいる。
そこまでいかないが信仰を求めている「求道者」がいる。
しかしさらにその周辺には、教会に親和し、時に礼拝に行くかもしれない人たちがいる。「教会周辺人」と呼ぶ社会学者もいる。
さらにもうすこしライトに教会に素朴な関心を持ち、基本教会に行こうという思いはまだない人たちもいる。「にわかファン」と呼ぶジャーナリストもいる。
また、毎年今年こそは洗礼を受けようと考えながらも、もう10年たってしまった人もいる。私は「永遠の求道者」「長すぎる春を持てあます婚約者」と呼んでいる。
いずれにしろ「教会周辺人」「にわかファン」「永遠の求道者」の人口は莫大であり、あまり取り上げられてこなかった領域である。


そして、そこからある人はクリスチャンになり、ある人は一生そのままで終わります。
そこに何が起きているのでしょうか。

そこに何が邪魔しているものついてかんがえてみたいと思います。

 

 

3 何が邪魔をしているのか

私は、これまでいろいろな方のお話をうかがってきましたので、
そこで考えさせられたことを中心に3つのことをお話ししたいと思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(1)ひとつは、すでに申しましたが、一人一人の個性があるので、回心もまたいろいろな回心があるのだ。聖書に従っているのであれば、こういう回心ではならないということはない。
劇的に、一瞬のうちに。というイメージがある人がいたら、そういう回心もある。しかし、地味に、静かにクリスチャンになる人もいると。

(2)二つ目は、きよい生き方、という問題
クリスチャンになろうかと考えたときに
清くなってから、良い人になってから信じる
自分は今信じても、良い人にはなれない。

そう思って躊躇する人は多い。

しかし、私たちの心の動機には、混ぜ物が含まれている。
キリストの救いの福音を聞いたときは、素直に自分の罪を言い表し、救いに入れられた。
このことはまぎれもない聖書の約束であり、事実である。
しかしそのときに悔い改めた自分の罪というのは、その時点で理解できた物を認め、言い表したに過ぎない。信仰者が成長するにつれ、新たに光に照らされて。新たな混ぜ物が見つかってくる。それをそのたびごとに受け止め、認めていくのである。

このことをおろそかにすると、クリスチャンになったのに
清められないのはおかしい、と失望感に
あるいは新たに見つかった混ぜ物は見なかったことにしようと やりくりが働いておかしな話になってくる。

こうしたことはクリスチャンの人生の決断においても同じことが起こる。
進学、就職、結婚
純粋に決断しても混ぜ物がある。神は百も承知でそうした決断をよしとしてくださる。


自分の無力感を認め、受け入れるかどうか。
言い方をかえれば、ぴかぴかの100点の人になることを辞め、現実の自分を見ることにするのである。

(3)みっつは人生は冒険である。とくに人間関係は冒険。

クリスチャンになろうかと思う人が、
わずかな理解で決断は無謀だ。10年20年くらいじっくり勉強するのは必要。
疑問を完全になくしてからだ。

→しかし結婚や恋愛は、10年観察しない。でもえいっと飛び込む。
関係性の中に入ってく。
信仰も同じ。

 

クリスチャンが自分の信仰に疑問がない、ということはまったくない。

信仰とは、ある人は
「人となった神(イエス・キリスト)と、人生の悩み・喜び・疑問を語り合いながら、ともに旅路を歩むこと」だ、と。

いま時間をかけている人は意味ある時間。

 

ただ、聖書の超基本的な学び、導いてくれる人や教会との出会い、「追い求めよう」「飛び込んでみよう」という素朴な気持ち、自分の人生の転換点を迎えているという自覚。これらのいくつかがそう思えるなら、そろそろ冒険の決断に出ても良いのではないか。

 

 

4 神の子となる

聖書には、信仰をもった人を神の子とたとえる。(ガラテヤ人への手紙第3章25−26節)
また文脈が違うが、生まれたばかりの赤ちゃんにたとえることもある。(汽撻謄蹌押В押

そう考えると、こういうイメージが描ける。
神の家族の家のすぐ近く、玄関、庭でぶらぶらしている。
家の中の楽しそうな笑い声や料理の匂いがつたわってくる。
そうした気配をうらやましく思いながら、ぐるぐる回り続ける。
しかし、家の中には入らず、家族の一員にならないまま。

もし自分のいま理解している自分の罪を認め、神から離れて生きてきた身勝手な生き方を認め、キリストによる罪のあがないを信じると、神の子となる。そして教会につながり、神の家族の一員となる。
たとえそれがぼおぼろな回心であって、いわば未熟児のようにして生まれたとしても。
生まれてしまえばこっちのもの、
養われ、少しずつ成長し、体重も増えていく。
うらやましく家の周りをぐるぐる回り続けても、子どもにはなれません。

そこにはすごい違いがうまれてしまいます。

 

 

5 まとめ
今日、考えてみてください
クリスチャンになるには
1 いろいろな個性がある
2 ぴかぴかの100点の人になってからでなく、不完全な今のままでいい。
3 神の子として生まれ育つことが大事。家の外をぐるぐる回ることをそろそろ考え直してみないか。

 

以上。時間は10分。

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いよいよ木曜日!
2017.07.01 Saturday 13:26

 

<写真は、一昨年の授与式会場・入り口付近>

 

2017年7月6日 18:00 - 19:30
おふぃす・ふじかけ賞授与式がいよいよ。
会場は、17:40から入場受付(入場無料)です。
17:30まで会場(ギャラリーステラ)では、通常のギャラリー展示が行われています。
その後会場設営をし、17:40からの入場となりますので、よろしくお願いいたします。
なお式の概要は・・・
(1)2016年出版のキリスト教カウンセリング分野で惚れ込んだ本を選定。授与式は入場無料で、どなたでもご参加いただけます。
 
(2)授与式では受賞スピーチがあります。全受賞者のスピーチが聞ける予定です。
「よい聴き手になるために」  蔡 香 氏 いのちのことば社
「キリスト教における死と葬儀」 石居基夫氏 キリスト新聞社
【発掘賞】「恵みのとき」  晴佐久昌英氏  サンマーク出版 
あわせて【特別賞】月刊誌・信徒の友の「がんカフェ」の長期連載に対して

 

(3)当日来場者にお渡しするもの

 おふぃす・ふじかけ賞授与式案内(ハガキサイズ)

 式プログラム(A4三つ折り)

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マゴソスクール校長講演会、感動の内に終わる
2017.06.29 Thursday 04:52

 

ケニアのスラム街にあるマゴソスクール。

そのダン校長の講演会は、予想を超えて感動的だった。

 

私の属する「こども心理学科」の留学生ドリスさんの母校の先生方が来日予定で、

6月27日(火)があいているとの情報に接したのがたしか3月。

ちょうど火曜日の4限は「心理療法論」の私の授業があったので、軽い気持ちで、その授業のゲスト講師としてお迎えすることにしたのだった。

 

数名の教職員と準備にあたったが、途中、教室が大きなところに変更になったり、チラシが業者注文になったり、冒頭挨拶に学長がお出ましくださることになったり、規模が変化した。プレスリリースを出したことで、メディアに紹介いただいたりもした。

 

そして、ばたばたのなか、当日を迎えた。

 

ダン校長らご一行は、メディア2社からのインタビューを受け、学内礼拝に出席し、講演会に臨んだ。

ダンの講演はわかりやすく、スラムの街の実態、そこで希望を掲げているマゴソスクールの役割。わずか60分の講演であるがストレートに伝わってきた。そして、マゴソの子どもたちの日本の震災被害に対する祈り(歌)の動画。祈りや愛や思いやりといった言葉が、マゴソスクールの中で具体的に表現されていくことには驚かされた。会場では涙ぐむ学生も幾人も見られた。

 

最後にダン校長の信仰者としての思いも込められたアピールで講演は閉じられた。先の学内礼拝に出席した人の話では、その時のダンの語ったことは、礼拝の奨励への応答となっていたという。

 

https://www.youtube.com/watch?v=0L5W5CYkbR4

そのときの動画と同じものがYouTubeでも見ることが出来る。ぜひ実物の動画を(4分半)。

 

ダン校長の講演のあと、マゴソの卒業生であるドリスさん(大学2年)のスピーチ。学生sクンからの質問。どれも程よいアクセントになったし、講演の余韻と重なり合って感動的でもあった。

 

私は当日は進行表を管理しながら全体を見る役だった。

来会者のなかにお二人ほど私の本などを読んだということで、親しく話しかけてくださった方がおられ、短い立ち話をしたが、目の前の進行に気が向いていたので、さぞかし上の空的な対応をしたように思う。お許しを。

 

今は講演会二日後であるが、いまも、その感動はさわやかにそして穏やかに持続している。

不思議なことである。

 

→マゴソスクールを支える会(fb)https://www.facebook.com/magososupportersclub/

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ケニアの小さな学校の大きな冒険
2017.06.26 Monday 09:32

 

いよいよあした、2017年6月27日(火)、特別講演会「ケニアのスラム街で生きる子どもたち―マゴソスクール・希望を生み出すみんなの学校」を聖学院大学で開催する。

午後3時20分からの90分。予約不要ですのでどなたでも。

 

http://www.seigakuin.jp/news/press-release/170627magoso/

 

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おふぃす・ふじかけ賞・2017年 選評に代えて
2017.06.26 Monday 08:59

 

2017 おふぃす・ふじかけ賞

 

実践の息づかい・選評に代えて

 

 

(1) 今回受賞作には2つの共通項がある。まず著者が医師や心理士ではなく、聖職者や宣教師であることである。そして、それなのに(?)書かれている内容がみずみずしく、実践知に満ち、体験に裏打ちされた説得力があることである。

 

(2) 実は2009年6月、私は悪性リンパ腫のステージ犬旅霖里鮗けた。このときの私は不思議なほど落ち着いていた。もしかしたら自分は泣けないのではないかとも思った。しかし幸いなことにその後大いに泣くことになった。そのようなことがあってほどなく、知人から「恵みのとき」という本をいただいた。それは著者・晴佐久氏の若き日の入院体験を基に書かれた信仰詩であった。冒頭の一節「病気になったらどんどん泣こう」は、当時の私のお気に入りの言葉となった。本書のストレートな表現が患者の私にびんびんと入ってきたのであった。まさに体験の持つ強さを感じた。  
     
(3) 石居氏の「キリスト教における死と葬儀」は、いわゆる学術書ではないが、牧師としての実践の中で掘り下げられた体系を感じた。実際的な事柄を平易な言葉で語りながらも、それらを「現代」や「日本」という文脈につなげていく。日本的なものを排除するのでなく、より大きな信仰の観点から包み込んでいくような力強さを感じた。
     
(4) カウンセリング分野に目を転じると、聖書の真理と心理学の実際的技術の双方に基づく著作は驚くほど少ない。蔡氏の「よい聴き手になるために」は聖書に基盤を置きながらも、それが理論で終わらず、実践と体系につながる待望の書である。今後本書を起点に諸氏の応答を期待したい。
     
(5) 2009年秋、北海道の神学校にうかがうプランがあったが、私の治療が順調でなく断念した。そのときの応対者が蔡先生であったことを最近知った。大事な体験にはたくさんの神さまの伏線が張り巡らされている。

 

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おふぃす・ふじかけ賞授与式、迫る!
2017.06.21 Wednesday 23:30

<写真:第1回授与式の様子>

 

いよいよ2週間後に、

おふぃす・ふじかけ賞授与式が迫ってきた。

 

2017年7月6日 18:00 - 19:30
会場:銀座教文館、ギャラリーステラ
入場無料、先着30名座席あり。
17:30-40は会場設営
17:40から入場できます。
スピーチの順番はこうです。
  屬茲つ阿手になるために」 蔡香氏(15分)
 ◆屮リスト教における死と葬儀」 石居基夫氏(15分)
 【発掘賞】「恵みのとき」 晴佐久昌英氏(15分)
 ぁ     ‘院.汽鵐沺璽出版 鈴木七沖氏(15分)
 ァ敍段名沺杰徒の友誌「がんカフェ」長期連載企画 ・市川真紀氏(5分)
19:15ころ終了予定です。終了後、15分くらい、今回の受賞の著書にサインをいただける時間としたいと思います。
ぜひお越しください。
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預言者ヨナの話・再度
2017.06.15 Thursday 12:28

 

 エーリッヒフロムは、その著作の中で、ヨナが大きな魚の腹のなかにいた状況を

「愛と友愛心が欠けていたために身に招くこととなったになった、孤独と監禁状態を象徴している」(「愛するということ」49p)と評している。

孤独な現代人の心象風景といったところか。

 

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藤掛 明
雨の心理的イメージを鍵に、雨の降る物語を読み解く。カウンセリング論であり、人生論でもある。
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