神戸改革派神学校への講義旅(スローカーブ談義)
2018.09.20 Thursday 10:28

 

神戸では、たまたま2度、似たような雑談をした。

 

私の講義やワークショップが、辛口でなく、甘口だという(おそらく好意的な)指摘である。

私もそれは自覚していることで、

野球の投手にたとえると内角にカミソリシュートを投げる講師もいるだろうが、

私の決め球は、外角のスローカーブである。

 

とうのも、

こちらが正しいモデルを伝えるのではない。

現状を変える方法は相手の中にすでにある。こちらには見えないだけ。

相手(聴き手であり参加者)に新しいことを発見してもらうことが重要。

 

だからこそ

安心して打席に立ち、安心して振り込んでもらう。

 

ヒットを打っても空振りしても、ささやかな何かを発見してもらえるかどうかが大切。

 

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大学院「キリスト教とカウンセリング」
2018.09.20 Thursday 08:36

 

 

9/25(火)から、いよいよ大学院の科目「キリスト教とカウンセリング」がはじまります。

新規科目で、毎週火曜日、午後6時から7時半の90分です。

この授業では、興味がある方の「見学」を、9/25,10/2で受け入れますので、このブログのコメント欄やFBのメッセージにお問い合わせください。

 

 

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神戸改革派神学校への講義旅
2018.09.15 Saturday 15:13

 

9月3日。台風の接近を意識して、神戸での講義の前日、3日のうちに新幹線に乗り込む。

今回の目的は神戸改革派神学校で3日間の講義をするため。

2014年、2016年、そして今回と、3回目となる。

体力、体調的には最後の講義かなと思いつつ。

 

今回過去のテープ起こしがスタンバイし、今回の講義を含め、講義録を出版する企画が進んでいる。

似たようなテーマですでに書いているものも多々あるので迷いも若干あった。

しかし、起こされた原稿が送られてきて、読んでみると、教室の雰囲気感、空気感が出ていて面白い。

 

3日の夜、懐かしの神学校のゲストルームに。快適です。

 

 

 

翌4日は、午前中が休養で、午後から講義開始。初日のテーマは「牧会事例検討のあり方を考える」。

台風はお昼頃に神戸を直撃。

実際に事例検討を行ったが、それがたまたま事例が被災をテーマにしたものだったので、

暴風雨の音のなか、時折スマホの警告サイレンが鳴ったりしながら臨場感たっぷりな環境で進んだ。

写真は、神学校の校舎の中から外を一枚。けっこう激しい降りでした。

 

 

 

講義初日(神戸滞在2日目)の夜は、神学生らが企画したたこ焼き・お好み焼きパーティーに寄せていただき、かなり食べました。

コナモンのおいしさ。ただ、大阪の台風被害のニュースも流しながら…。

 

 

 

翌授業は、ハガキDOコラージュ、日めくりコラージュを一日。

「現在の自分のテーマ」「ささいなことで自分のためにするお祝い」について

体感することに。

下の写真は、自分のためにするお祝いのイメージをコラージュにしたもので、

全員の作品を飾ったところ。

 

 

最終日は、(これは2年前と同じ授業で)きょうだい出生順位とエゴグラムテスト。

実はこの日、ほかにも用意していたものがあったが、なぜか途中からすっかり忘れてしまった。

ま、そういうこともある。

 

最終日の朝。神学校に眩しい日がさしてきた。

 

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あす受験の皆様に
2018.09.08 Saturday 15:22

 

あす9日、公認心理師試験を受ける皆様へ。
今回は第1回ということもあって、過去問もなく、そもそも会場確保も遅れ、ばたばたと大変な受験となりました。どうかあすを良いコンディションで迎えられますように。また、終了後は、些細なことでも、みずからをねぎらうことができますように…。

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レターパック、スマートレターのメモ
2018.09.08 Saturday 11:39

レターパック・プラス 510円

レターパック・ライト 360円

スマートレター    180円

 

https://www.shop.post.japanpost.jp/shop/pages/letterpack.aspx

 

レターパック・スマートレターの購入できるコンビニ

 

ローソン

ミニストップ

サークルK

セイコーマート

なお、セブンイレブンは一部

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特別研究期間が終わりました。
2018.09.02 Sunday 09:20

3月から8月の研究休暇。

あっという間でした。

7月下旬くらいから集中力が高まってきた感じで、それまでは雑事や大学のことが気になって落ち着きませんでした。

とりあえず9月から通常モードに復帰です。

中身については別途報告記事を書きます。

 

 

 

 

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コラージュとの出会い(2)
2018.08.26 Sunday 15:44

 

家族療法の実地訓練

■ 私が、実際にコラージュ療法を経験したのは、大阪から、浦和少年鑑別所(現在のさいたま少年鑑別所)に転勤して2年目の1992年であった。非行以外の臨床にも触れ、臨床家としての力を付けたいと思い、土曜日に外部研修に出させてもらった。研修先は、千葉県にある家族療法の相談室に申し込み、そこで家族療法の実地の訓練を受けることにした。鈴木浩二先生が指導者であった。毎週通ったのは2年だったが、その後もよく通い、大きな影響を受けた(*注1)。*注1:

ちなみに鈴木浩二先生はプロテスタント信仰をお持ちで(晩年にカソリックに改宗)、来談者の中にも信仰者がけっこうおられた。さらに、その後ある研究会に推薦してくださり、平山正実先生や賀来周一先生と知り合うきっかけをいただいた。

 

カルチャショック

■ 私にしてみると、このときの研修は、非行少年の面接を続け、非行臨床のいろいろなことを学んできたという自負があったのであるが、それが大きく揺さぶられる経験でもあった。カルチャショックのようであった。私の当時身に付けていたのは、心理テストを丹念に解釈したり、非行ケースを分析したりすることであった。司法分野であり、裁判官に意見を伝えるわけであるから、科学性のようなものを意識していた。ところが家族療法の現場では違った。面接ごとにいくつもの仮説が述べられるが、絞り込むと言うより、一貫性なく広がっていく感じがした。また面接でも、描画とりわけコラージュを使うことがあったが、緻密な描画テストになじんできていた私は、その解釈の自由さ、大胆さに驚いてしまった。

 しかし、来談するご家族は、変化・成長していくし、コラージュを作る来談者は目を輝かせる。私は本務の非行臨床をひとまず脇に置き、週末はひたすら家族療法と自由な描画に没頭した。おそらくこの頃の私は、科学と伝統的な枠組みの非行臨床と、自由で大胆な家族療法やコラージュ臨床を自分の内部で統合できぬままに分割していたのだと思う。

 

研修同期生からの刺激

■ 実地の研修は毎年3,4人受け入れられていた。皆意欲的で個性的な人たちであった。ちょうど研修同期の20代の若い女性(児童領域の臨床心理士)が日頃の実務で実施したコラージュ作品を持参し、嬉々として説明してくれた。この説明は当時の私に染みいるように入ってきた。その本体はオーソドックスなコラージュ療法であったと思う。私からしてみれば、描画テストという土台に、芸術療法が乗り、つながった瞬間であった。短期間であったが、私は描画テスターから芸術療法家になったのだと思う。

 

アートセラピーになかなかつながらない

■そしてそうこうするうちに、家族療法面接で行われる大胆なコラージュもわかるようになっていった。とどめは、その研修で特別に用意されたアートセラピー講座が開かれ、鈴木浩二先生の娘さんでもある鈴木恵先生がその講座を担当された。毎回驚きと感動の連続で、私はアートセラピーの虜になった。

  鈴木恵先生はよくおしゃっていた。アートセラピーの一部としてコラージュと言う道具を使うことはよくあるが、コラージュだけでいくと決めることはない。アートは発想の自由が命であり、既成の方法に縛られず、その面接ごとにクライエントの個性と問題にあわせたアート課題をセラピストが創作していくことが肝心であると。

 私は深く同意したが、描画テスト、芸術療法と重ねた物の上にアートセラピーをすんなりと乗せることができなかった。家族療法の仲間と研修先の相談室でケースを持ち、アートセラピーを味わう分には問題なかったが、日常実務の非行性のアセスメントを行う面接者として、このアートセラピーをどう受け止め、活用し得るのか、イメージできず、ほとほと困ってしまった。何ヶ月か寝ても覚めてもこのことを考えていた。

 

つながった!

■ あるとき鈴木恵先生との何気ない会話であったが、私が「描画テストでは作品に対して言葉で質問します。アートセラピーは、描画後質問をアートでやるようなものですね。」と言ったところ「そうそう。」と相づちを打っていただいた。そしてこのとき、私はつながったと思った。私の中で精緻な描画テストと芸術療法と欧米型の自由なアートセラピーがつながった瞬間であった。これより日常実務でも積極的にコラージュを導入した。そのころの面接で、「家出し売春を続ける幼い少女」を担当した際に、1作目に続けて、その作品を裏返し、台紙の反対面(比喩として人に見せない内面世界)に2作目を作ってもらったのであるが、当時の私にとって「つながった」ことを証しする記念碑的ケースとなった。その後も非行面接でもコラージュを使い続けた。少年鑑別所というところは短期間の面接であったが、芸術療法のコラージュ療法を中心に、時折ひらめくとアートセラピータイプのコラージュを行っていた。当時私の知る限り非行の実務面接でコラージュを使っている人はいなかった。興味深いケースも蓄積し、その有効性を発信したくなり、「つながった」から1年後くらいたったとき「非行少年の素顔に触れるとき」(1994)という記事を教育雑誌に発表した。また同じ年に学会に口頭発表もした。このころ少年院の教官と連携して処遇困難な在院生にコラージュ療法を行ったが、これは少年院で初めて行ったコラージュ療法であると思う。またこの年は、すでに八王子少年鑑別所に転勤していたが、矯正や司法の実務家にこの技法を知っていただこうという趣旨で、八王子少年鑑別所が主催し、コラージュのワークショップを開催し、100名の参加者を得た。この数字は大盛会である。このように1994年は「発信」と言う点で特別な年になった。

 

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コラージュとの出会い(3)
2018.08.26 Sunday 14:26

 

3つの世界を比較・統合する。

■ ここまでの経過は、一言でいうと、精緻なテストの世界住んでいた私が、オーソドックスなコラージュ療法を知り、ついで欧米型のアートセラピーの世界にたどり着いた物語である(注2)。

   *注2。このとき経験した3つ世界(「描画テスト」「芸術療法」「アートセラピー」)を比較・統合した試論を   2005年に「非行少年に対する描画療法」と言う題目で 現代のエスプリ462号、至文堂にまとめた。

 

まだ迷った

■  しかし、私はここからも迷った。欧米型のアートセラピーの世界を堪能しつつも、描画テストや日本の芸術療法などの持つ「枠」を良い意味で残して、なおかつ自由なアイデアを込めることはできないだろうかと真剣に思った。

  すでに1995年に「家族画における介入的アプローチ」という論文を書いた。「家族画」という用語を使ったが、家族イメージを扱う描画全般をさし、私はコラージュを意識し、事例の紹介でも、コラージュを積極的に取り上げた。ここで苦労したのは、立場や姿勢を表す言葉をどうするかで、従来の芸術療法としてのオーソドックスな活動に、自由大胆なアートセラピーの息づかいをどう接ぎ木するのか。このときから「介入的アプローチ」という用語を使い始めたが、結果的に普及しなかった。

 

4つのやり方

■さて、ここでコラージュのやり方を4つにわけてみたい。

ひとつは.ーソドックスなコラージュ療法である。毎回のようにコラージュを作る。

この方法が日本での実践の99%を占めているのではないかと思う。アートセラピー型のコラージュの自由さを思うと、そこには型があるが、一般的な芸術療法に比べると十分に自由である。

もうひとつは▲◆璽肇札薀圈爾箸靴討離灰蕁璽献紊任△襦この場合、コラージュはたくさんあるうちのひとつの道具にすぎず、コラージュはワンオブゼムである。

ここからが私のこだわりであるのだが、次のように考えた。

「時にコラージュ」。面接の流れのなかで節目でコラージュを作るのである。終結面接などでは卒業のような意味づけも出来る.

ぅ灰蕁璽献紊了つ実施者の裁量の大きさに注目して、変法実施を積極的に開発していく。これは,領場のセラピストが実行するのに抵抗がなく、あらかじめ選択する変法の方法とその利点・欠点なども明らかにしておけば、芸術療法の学習にも役立てることができる。

 

変法でいける

■その後、勤務先の臨床で嬉々としてコラージュを使い、ある時期は、若手職員の研修などにも使った。また2003年には法務省から民間の大学に転じ、新しい環境でますますコラージュを使う機会がひろがった。

2003年に書いた「はがきを使ったコラ−ジュ技法」は多くの方に読んでいただき、反響をいただいた。このことは変法という切り口で伝えること(い諒法)が有効であることを証明したように思えた。

 

運命のいたずら

■ここで運命のいたずらが起こる。正確にいうと、20代の終わりに、描画の連載記事を書いたことが第1のいたずらであった。このときの影響は、他のテストではなく、描画を看板としていくのだということを決意することになり、学術的な提示にこだわらず自由な体験知で勝負することを考えるようになった。

 

そして第2の運命のいたずらが2006年ころに起こった。…

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藤掛 明
雨の心理的イメージを鍵に、雨の降る物語を読み解く。カウンセリング論であり、人生論でもある。
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