BMP記事「どうすればよいのか」
2006.12.26 Tuesday 00:35
<どうすればよいのか>

「背伸び・強行突破」型と「甘え・へたり込み」型。この連載エッセイは、人の、2つの反応パターンから、いろいろな問題を読み解いていく。今回は「背伸び・強行突破」型の生き方の改善策を探る。

多くのトラブル、問題行動、犯罪などは、自分の無力感を払拭し、一時的な自己拡大感を味わうために行われているということをこれまで述べてきた。

 しかし、誰もが、心にきちんと収まらないような無力感や劣等感を持って生きているし、それをバネにして大きな仕事をなしとげる人も少なからずいる。だから無力感、劣等感イコール問題だということではない。問題なのは、無力感や劣等感を人にはまったく見せようとはせず、自覚すらないままに、やみくもに背伸びをして強行突破していくことであり、その延長に様々な問題やトラブルが生じてしまうのである。そして、それはギャンブルや異性問題であったり、その人固有のつまずき(幻想的な打開策)が待っている。

 私は成熟した生き方というのは、まず自分の無力感、劣等感や、それを処理しようとしてあくせくしている自分の中の「背伸び・やせ我慢」の部分を認め、それを受け入れることから始まると思っている。

 自分の弱さを多少とも認められると、生き方が大きく変わる。第1に、良い意味で開き直って「こんなにも弱い自分だけれども、これでやっていくしかない。駄目な自分なりに頑張ればよい」という姿勢になり、背伸び・強行突破の生き方が弱まっていく。

 第2に、自分だけを頼りとする姿勢も弱まるために、余裕ができ、他人に真の関心を抱けるようになります。対等な人との関わりの中で学ぶことも増えていく。

また、この「背伸び・強行突破」型の生き方の改善は、自分ばかりでなく、身近にいる「背伸び・強行突破」型の他者を援助することにもそのまま重なる。なぜなら、「背伸び・強行突破」型の人に無言の圧力をかけているのは、ほかならぬ「背伸び・強行突破」型のあなただからである。自分自身の背伸び・やせ我慢の部分が実感としてわかると、不思議なことに、身近な人たちの背伸び・やせ我慢も見えるようになる。見えるようになっただけで、それを口に出さなくても、相手との関係が確実に変わり、相手の言動にも変化が生まれるのである。
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BMP記事─屬△覲惱塾講師の話」
2006.12.26 Tuesday 00:33
<ある学習塾講師の話>

「背伸び・強行突破」型と「甘え・へたり込み」型。この連載エッセイは、人の、2つの反応パターンから、いろいろな問題を読み解いていく。今回も前回にひきつづき、具体的な事例を紹介したい。

 B氏は、ある学習塾の講師として活躍する三〇代の男性。彼はエネルギッシュで、人なつこくて、生徒にも大人気であった。もともと高校野球で活躍し、もしかしたらプロ選手になるかもしれないという時期もあったが、肩をこわし、野球人生は断念している。しかし、今は地元の草野球の監督もし、塾でも、塾以外でも子どもたちの相談にのり、教育者として活躍している。とにかく忙しい毎日で、夜帰宅してしばらくが息のいれられる貴重な時間になる。この半年は夜パチスロに出かけることが習慣となり、そうしないと気持ちがすっきりとしないように感じている。パチスロで負けた分の、内緒の借金が百万円を超えたころ、不覚にも妻にばれてしまった。妻の圧力で、仕方なくカウンセリングを受けることにした。B氏は「返すあてはあるし、パチスロは趣味。妻がギャンブル嫌いなので、問題にされた」と我が身の不運を嘆いていました。

 このB氏もまた、「背伸び・強行突破」型の生き方が息切れ状態に陥っている人である。B氏は夫婦仲は良く、家内の会話も潤沢に見えたが、実は本質的な話題は少なく、パチスロの借金に至っては、些細なことで発覚してしまうまで隠し通していたのである。

 B氏はまさに後悔するが悩まずで、「運が悪い」「偶然」「あのとき、あのことがなければ」といったきわめて表層的な言い訳を口にしていた。

 B氏は、野球選手で挫折したが、仕切直しをして教育者としての道を歩み始めた。しかし、実際は満足しているわけではなかったのである。自分の教育の場が、学習塾であることにもどこか満足していない。一種の劣等感、無力感があるのである。だから、それを払拭しようとかなり無理をして活動の質量を拡大し続けていたし、本人からするとそうした路線には限界を感じていた。ギャンブルでの成功はいわば幻想的な成功である。現状で満足できないB氏が、ギャンブルで派手な成果を味わうことで自分の無力感や劣等感を払拭していたと考えられる。

B氏は、ここで立ち止まり、生き方を変える必要に迫られていたのである。あなたやあなたの周りの人に、B氏のような生き方がないだろうか。

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BMP記事А屬△訛膕饉甸管瑤力叩
2006.12.26 Tuesday 00:32
<ある大会社幹部の話>

「背伸び・強行突破」型と「甘え・へたり込み」型。この連載エッセイは、人の、2つの反応パターンから、いろいろな問題を読み解いていく。今回は具体的な事例を紹介したい。

A氏は、50代初老の紳士だが、かつて大会社の管理職をしていた。彼は幹部登用の採用区分でなく就職したが、能力もあり、持ち前の努力と人望で出世を続け、同期のエリートたちと互角に競ってきた。しかし40代後半になると出世のグループからも遅れ始め、先が見えてきた。(それでもはたから見れば相当な地位と責任を担っていたが)次第に仕事での生彩が失われていった。ちょうど時を同じくしてA氏は愛人を囲うようになり、豪遊し、また高級マンションを買い与えるなど、尋常ではないような出費が始まった。個人の蓄えも家財も底をつき、ついには会社の金に手を出すようになった。そのことが発覚すると、妻には離婚され、愛人にもすぐに逃げられ、彼に待っていたのは逮捕と、天涯孤独な人生だった。A氏は今になってしきりに「なぜあんな女に惹かれたのかわからない」と嘆くばかりであった。

 A氏は、社会性やそれなりの良識があったが、「背伸び・強行突破」型の生き方を強烈に貫いて破綻した人である。彼は、ひたすら背伸び・やせ我慢を続け、何があってもけっして立ち止まることなど考えもしなかった。周囲も気がつきにくく、本格的なサポートも受けられずにいた。また彼は事件発覚後、後悔はしていたが、自分の弱さには目が向かず、本当の意味では悩んでいなかった。

 A氏には何が起きていたのだろうか。彼は大会社の管理職だったが、幹部の採用区分の就職でなかったことへの劣等感があり、同期のエリートたちと競い合うことに執着していたし、負けが決定的となったとき、それは彼の人生の危機となったのである。しかし、そこで彼が選んだのは異性だった。異性との関係というのは、男としての自信、力といったものに深く関わる。単に性的欲求といった要素で動くわけではないのである。A氏がこれみよがしに大金を使ったのも、異性を支配し、まさに囲うことで、男として有能な自分、力のある自分を味わいたかったからだ。それは仕事上の成功や出世よりもある意味で鮮烈な成功体験、自己拡大感を味わえる体験になった。しかし、A氏の異性関係は金銭や景気の良い話だけでつながる幻想的なものにすぎなったのである。

A氏は、ここで立ち止まり、生き方を変える必要に迫られていたのである。あなたやあなたの周りの人に、A氏のような生き方がないだろうか。


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BMP記事Α嵋汁・脱線も本人からすれば打開策」
2006.12.26 Tuesday 00:30
「暴走・脱線も本人からすえば打開策」

「背伸び・強行突破」型と「甘え・へたり込み」型。この連載エッセイは、人の、2つの反応パターンから、いろいろな問題を読み解いていく。今回は、背伸び・強行突破の息切れの果てになぜ問題行動を起こすのかを考えてみたい。

 そもそも、背伸び・強行突破の果てに、人はどのような方向に破綻していくのだろうか。背伸びと息切れの悪循環が深まるたびに、どんどん高い目標を持ち出すというが、その目標はどのような性質のものを設定しようとするのだろうか。

そこには、本当の目標にはとても到達せず、それに代わる幻想的で部分的な成功に目を向け、とありあえずの充実感や達成感を味わっている姿があるのだ。

 たとえば、中学生が、勉強や運動や特技などで承認を得、受容を味わうことが本来の目標だとすると、それらを実現することがむずかしく、しかもその現実を認めずに、目立ちたいと思えば、悪の世界で目立つことに活路を求めることになる。これが非行化である。非行や物騒な攻撃的行動は、どれもこれも背伸び・やせ我慢の末に、惨めで無力な自分を認めまいとして、必死に自己拡大感を味わおうとしている姿なのである。無力感を払拭するのに、直接、人を支配したり、人を威圧するような行動をとることは、幻想的ではあっても当人には「強い自分」を味わう格好の機会になっているのである。

 また、うら若い女性が、特定の異性と恋愛関係を持つにあたって、互いに長所も短所も、また価値観や生活スタイルの違いも理解し補い合いながら交流を深めていくことが本来の目標だとすると、それらがむずかしく、一時たりとも孤独でいることが受け入れられないと思えば、絶えずとぎれなく誰かと恋愛関係にいることを求め、実は「だれでも」良いような一時的活路を求めることになる。これが恋愛依存である。現実の孤独感や疎外感を直視せずにすむように、時に性を媒介としながら、受容感をあさるのである。これは人とのせつな的で表層的なかかわりしか持てないが「寂しくない自分」を確認する格好の機会になっているのである。

そして無力感の払拭にしろ、孤独感の鈍磨にしろ、動き回る彼ら、彼女らにとっては、一見、周囲からひんしゅくをかうような行為ではあっても、みな、必死な適応に向けての打開策であるのだ。


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BMP記事ァ崟儷忙弭佑陵遒箸祁蝓
2006.12.26 Tuesday 00:29
「積極思考の落とし穴」

「背伸び・強行突破」型と「甘え・へたり込み」型。この連載エッセイは、人の、2つの反応パターンから、いろいろな問題を読み解いていく。今回は、「積極思考」「潜在能力」といった積極的な生き方にかかわる哲学について考えてみたい。

「積極思考」とは、物事の肯定面を重視し、明るい見通しを持って積極的に進んでいくことで、自分の潜在的な可能性を最大限に引き出していこうとするものである。人生は冒険の連続である。この考え方自体、まちがってはいない。しかし、ただ単純に事態を楽観視し、楽天的に進んでいくのだとしたら、それはまちがっている。

たとえば、大会社を創設した社長は、確かに積極思考を語るが、同時に、会社をつぶし、最後は犯罪にまでかかわってしまうダメ経営者も、やはり積極思考を語る。依存・嗜癖の患者さんなどに至っては徹底した積極思考者である。「いつか賭事を極めて必ず大金を手にする」「これさえ購入すれば、すべてはうまくいく」。このように積極思考で人生をダメにする人は、(おそらく人生の成功者よりも)多いのである。

 それではどのように積極思考を生かし、人生の成功者を目指せるのか。

 第一に、物事の否定面、自分の弱さや問題を十分に直視し、認めた上で、あえて物事の肯定面も見ていこうとすることが必要である。最初から、肯定面、楽観論を探すだけの生き方は、まやかしであり、あまりにも薄ぺらである。しかし、否定面をも見据えたうえで絞り出す積極思考には深みがある。そこには地に足のついた現実性が含まれている。

 第二に、「なせばなる」という自己万能感ではなく、いかなる現象にも自分の思惑を超えた意味があるだろうという謙虚な姿勢が必要である。自分の都合の良いように楽観的に解釈していこうとする人は確実に解釈をゆがめていく。そうではなく、自分の今賭けている冒険は、自分以外の意志によっても導かれているのだという使命感や諦念のようなものである。信仰者はこの点、本来圧倒的に有利なはずである。

 「背伸び・強行突破」型の人であろうと、「甘え・へたり込み」型の人であろうと、冒険や失敗の後の再出発に際して、このような自己点検は不可欠である。自分の弱さや限界をきちんと認めたうえで、いわば「良い意味で開き直る」プロセスこそ、真に積極的な生き方を続ける秘訣である。

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BMP記事ぁ嶌峠佝の決意が薔薇色?」
2006.12.26 Tuesday 00:26
「再出発の決意が薔薇色?」

「背伸び・強行突破」型と「甘え・へたり込み」型。この連載エッセイは、人の、2つの反応パターンから、いろいろな問題を読み解いていく。今回は、「背伸び・強行突破」型の人が、失敗の後、再出発するときのことを考えてみたい。

 私は仕事をしているとき、野球の3割打者をイメージするようにしている。すべての打席で会心のヒットは打てない。ただ、ここぞというときにはヒットを打つ。そう思わないと、ついつい打率10割を目指してしまい、かえって打撃フォームを崩してしまう。また、別のときには、8勝7敗をイメージする。一つ多めに勝てば良いと自分に言い聞かせるのである。これもまた連戦連勝の幻想に振り回されない工夫である。

 さて、こうした教訓は、たぶんに「背伸び・強行突破」型の人の心理カウンセリングをしてきたことから学んだことである。なぜなら彼らは、常に10割、全勝を真剣に目指している。凡打がひとつでもあると絶望し、ついつい一か八かの玉砕型の勝負に出てしまう。

カウンセラーの経験からいうと、「背伸び・強行突破」型の人が何か失敗をしたときに、今後のことについて、景気の良い、薔薇色の再出発を語りすぎると、その後が危ない。薔薇色度合いが高ければ高いほど、すぐに次の挫折がやってくる。逆に、地道な再出発を語る人は、安定した再出発をしていくことが多い。実に鮮やかな対比である。

ここには何が起きているのであろう。

 実は強力な悪循環が作られている。ある人が「背伸び・強行突破」の生き方をしていて、壁や限界が来る。そこで本人は息切れ状態に陥っているのだが、本人は自覚しない。本当はこれを機に、目標を下げたり、人に弱音を吐いて援助を請うたりすることも手としてはあるのだが、本人は思いもしない。ひたすら、自分の頑張りが足りないからうまくいかないだけであって、この事態を打開するためには、従来以上にもっと頑張って、強行突破しなければいけないと思う。そこで、背伸び・強行突破の姿勢をさらに強いものとする。すると、ますます息切れ状態は深刻になる。すると、強行突破の背伸びもますます強いものになる。そしてそれは、ますます「ますます息切れ状態」になって、さらにますます「ますます背伸び・強行突破」になってく。こうして雪ダルマ式に息切れの悪循環は深刻化していく。自分の息切れ状態を認められないと、この悪循環は止まらないのである。そして悪循環が深まるたびに、すなわち現実の息切れ度合いが深刻になるために、自分をムチ打とうとして、頑張るための高い目標を持ち出すのである。

 私たちも、再出発の決意が薔薇色にすぎるとき、自分の背伸び・強行突破の息切れ度を自己点検する必要がある。






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BMP記事「後悔するが、悩まない」
2006.12.26 Tuesday 00:24
「後悔するが、悩まない」

「背伸び・強行突破」型と「甘え・へたり込み」型。この連載エッセイは、人の、2つの反応パターンから、いろいろな問題を読み解いていく。今回は、「背伸び・強行突破」型の人が身につけている「後悔するが、悩まない」という思考パターンを考えてみたい。

 私は心理カウンセラーとして、「背伸びの息切れ」の果てに問題を抱えるに至った人との面接を経験した。

 犯罪に至った人。ギャンブルやアルコールに依存して抜け出せなくなった人。異性問題や金銭問題を繰り返す人。深刻な対人関係のトラブルを抱える人、などなど。

 こうした人たちは、共通して「後悔するが悩まない」生き方を続けている。いったん問題が表面化し、にっちもさっちもいかなくなると、やがて冷静になる。そして我が身を振り返りながら後悔する。これまでのことを悔やみ、もうしないと決意するのである。それは嘘や演技でなく、本気でそう考えている。しかし、悩んではいない。

 そういう人は、あのときのあの行動がいけなかったのだと言ったり、その時の自分がどうかしていたのだと言ったりする。あるいは当時の状況が悪かった。運がなかった。あの人が悪かった、などとも言う。要するに、本来の自分は有能であり、しっかりとしていることを確認した上で、あの時のあの状況がなければ、こんなことになっていないのだと言い訳をしている姿なのである。

 あるギャンブル依存の方は、百万円単位の借金をギャンブルで作りながら、「たまたま妻がギャンブル嫌いなので、問題になってしまった」と真顔で、我が身の不運さを嘆いていた。ある犯罪に関わってしまった方は、「自分は意志が弱かったので、あんなことをしてしまった。でも意志が弱いのはあのときだけで、本当の自分は意志は強いので、これからは平気です」と意気揚々に言われた。この2人に見るように、背伸び・強行突破の息切れ状態に足をすくわれると、自分の本当のあり方を顧みることができなくなる。「背伸び・強行突破」とは、それほど自分の弱さを認められない生き方なのである。

 ある意味で、背伸び・強行突破の典型であった使徒パウロは「わたしが弱いときにこそ強い」(第2コリント12:10)と告白している。彼は信仰により、自分の弱さを受け入れ、真に悩むことのできた人物だと言える。そして、自分が失敗したとき、行き詰まったとき、その原因を自分のあり方に求めることのできる人は真に強い人だと言える。


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BMP記事◆屮團鵐舛里箸の2つの反応パターン(その2)」
2006.12.26 Tuesday 00:22
「ピンチのときの2つの反応パターン(その2)」

「背伸び・強行突破」型と「甘え・へたり込み」型。この連載エッセイは、人の、2つの反応パターンから、いろいろな問題を読み解いていく。

 実は、「甘え・へたり込み」型の人への援助は、素朴に心配してあげ、サービスをしてあげ、日常的で常識的な善意を相手に伝えることで、一定の効果をあげることができる。少し問題がこじれてしまったら、本人の自律の姿勢を尊重し、極力見守り、励ましていくのがよい。

 しかし、「背伸び・強行突破」型の人には、援助をしようとする人が見立てや見通しのないままにかかわると、かえって事態が悪化していく。「背伸び・強行突破」型の人は、こじれていくと、他罰的で攻撃的な面を出してくるので、周囲も精神的に大きなダメージを受けかねない。深刻な場合には、ここから出てはいけないと限界設定を行い、本人が抱える問題に直面できるよう「対決」していくことになる。そして地に足のついた生き方ができるように方向付けていくのである。

 精神病理的にみると、「甘え・へたり込み」型が高じ、極端になっていくと「うつ」「ひきこもり」「神経症などの心の病」など内向的で、非社会的な方向に不適応が表れていく。「背伸び・強行突破」型が高じ、その息切れが始まると、「トラブルメーカー」「パワーゲーム」「問題行動」「犯罪」など外向的で、反社会的な方向に不適応が表れていく。

 まさか私はそこまではいかない。まさかあの人はそんなはずがない。

そう、思うかもしれないが、こうした問題は連続している。たとえ「まさか」と思っても、大きな問題につながる連続した線上に私たちは立っているのである。「まさか」のなかにある「でも」の部分を大切にしなければならない。

 そして、この「甘え」と「背伸び」の見立ては、対応策が正反対といっていいほど異なってくるから大切である。自分自身の課題を考えるうえでも、甘えを克服し、自律した積極行動に出れるようになることなのか、背伸びの息切れを認め、地に足のついた堅実な行動をとれるようになることなのか。かなり違ってくる。また、気になるあの人を援助・指導する際にも、へたり込み状態にあることを察し、見守ってあげるべきなのか、あるいは暴走させないように、明確な枠組みと目標に方向付けてあげるべきなのか。これもかなり違ってくる。ここはじっくりと考えたいところである。

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BMP記事 屮團鵐舛里箸の2つの反応パターン」
2006.12.26 Tuesday 00:18
「ピンチのときの2つの反応パターン」

 私たちは、ピンチのときにこそ、実に個性的な対応を見せる。

 あるときには、精神論、根性論で、「やるっきゃない」「なせばなる」と自分に言い聞かせながら、ひたすら強行突破しようとする。またあるときには、ことなかれ主義に徹して、課題を後延ばしにしたり、早々にあきらめて、人からの援助を期待したりすることもある。前者は、「背伸び・強行突破」型、後者は「甘え、へたり込み」型の反応と呼ぶことができる。

 どちらのやり方が良いというのでない。むしろ私たちは、状況に応じて、どちらの反応も柔軟に使えることが大切なのである。ところが、その人の許容量を超えて厳しい状況が迫ってくるようなときには、不思議なもので、人はどちらか片方の反応ばかりを選択するようになる。そしてどちらか一方を硬直に選択し続けるなかで、様々な問題を生じさせてしまう。

 「背伸び・強行突破」ばかりでいくようになると、ご本人は、(本当は困っているのだが)誰かに助けてもらうという思いは持てず、周囲の指導者や仲間が援助の手をさしのべようとしても、ほっておいてくれと拒絶的になる。ひたすらこれまでどおりのやり方で虚勢をはり、強行突破をしていこうとする。

 一方、「甘え・へたり込み」ばかりでいくようになると、問題に圧倒されてしまいがちで、自信が持てない。周囲に対しても、助けてほしいという思いが強い。これ以上先に進めず、立ち止まってしまう。「背伸び・強行突破」型が、自分の強さ・有能さを過剰に表現するのと対照的に、「甘え・へたり込み」型は、自分の弱さを積極的に表現する傾向にある。また、前者は、一途であるが、頑固、強引という印象を、後者は、素直であるが、もろく、頼りない感じを周囲に与える。

 あなたは、どちらの反応を選ぶことが多いだろうか。また最近、ピンチに遭ったときに、どちらの反応で決着をつけただろうか。背伸びし、自分を頼りとしすぎたり、甘えて、他人を頼りとしすぎたことはなかっただろうか。そしてあなたの周りにいる問題を抱えている人は、どちらのパターンで失敗しているのだろうか。この連載エッセイでは、この2つの反応パターン、とりわけ「背伸び・強行突破」型に着目し、そのことで生まれている複雑な問題を解きほぐしていきたいと考えている。



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BMP連載「カウンセリングマインド」掲載にあたって
2006.12.26 Tuesday 00:03
 BMPという、キリスト教信仰に基づく、ビジネスマン向け啓発活動がある。そのHPに連載した記事である。といっても、私の定番の主張である「背伸びの息切れ」論を金太郎飴のようになぞったものである。新しい視点を期待される方には、類似の記事が多いので、おもしろくないかもしれないが、「背伸び」論のコンパクト版として再掲する。

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藤掛 明
雨の心理的イメージを鍵に、雨の降る物語を読み解く。カウンセリング論であり、人生論でもある。
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